こんにちは。谷口崇子です。今月のニュースレターをお送りします。

記者にとって一番大切なことは何か。100人の記者に聞けば、100通りの答えが返ってきそうな問いかけです。私は「好奇心」だと思っています。駆け出しのころ、先輩から教えられた「記者は名刺1枚で誰にでも会いに行ける商売だよ」という言葉を心に刻んで記者生活を送ってきました。

記者と言えば人のプライバシーに土足で踏み込むようなイメージを持っている読者も多いかもしれません。でも、私たちも人間。扉をたたくのは怖いし勇気も必要です。また、少し気になることがあっても、日々のストレートニュースをこなすのに精いっぱいで、一歩を踏み出さないこともあります。

易きに流される自分を叱る時、先輩の言葉を思い出して自分にこう言い聞かせます。「そうだ、せっかく誰にでも会えるチャンスがあるのに生かさなくてどうするの」と。

今回は、そうした小さな好奇心から始まった記事です。私は企業の合併・買収(M&A)担当記者として、半期に一度、日本関連M&Aの助言ランキング記事を書いています。野村ホールディングス(HD)、米ゴールドマン・サックスなどの証券会社がずらりと並ぶランキングで、気になった証券会社ではない2社の名前。「どのような企業なのだろう」と興味を引かれました。

過去にもそう思ったことがありますが、「まあいいか」とそのままになっていました。今回はそんな自分を叱って取材を申し込みました。その結果、勉強になる話をたくさん聞くことができました。一歩を踏み出さないと分からないことはたくさんあります。年齢を重ねても、好奇心を持ち続ける姿勢を大切に取材を続けていきたいと思っています。

飛び抜けた存在感、トップ10内常連-デロイトトーマツ

2025年の日本企業関連のM&A助言ランキングは、取引額が総額59兆5000億円と過去最高を記録。例年通り、野村HDなどの証券会社が圧倒的な強さを見せつけた。一方、トップ10の一角に証券会社以外の2社が食い込み、存在感を示している。証券ビジネスの岩盤に挑む2社の戦略に迫った。

「十数年かけて、やっとここまで来られた」。デロイトトーマツでM&A責任者を務める鹿山真吾氏は、ランキングについてそう感想を漏らす。監査法人系のコンサルティング会社である同社は、実は4年連続トップ10内という常連組だ。25年は5位で、トヨタグループによる豊田自動織機の非公開化(約5兆4000億円規模)で買い手のトヨタ不動産の財務アドバイザー(FA)を務めたほか、欧州投資ファンドEQTによるフジテック買収など注目案件を多数手がけた。

鹿山氏が入社したのは、リーマンショック直後の09年。当時、まだランキングは証券会社で独占されていたが、外資系証券会社は金融危機の影響で経営が混乱していた。UBSウォーバーグ証券(現UBS証券)やリーマン・ブラザーズ証券でM&Aバンカーとして働いていた鹿山氏は、当時、案件数が落ち込んでいる時こそチャンスと捉えていたデロイトの誘いに応じ、M&A事業の強化を担った。

その後、10年に会社更生法の適用を申請した日本航空(JAL)の再生案件でFAを務めるなど地道に実績を積み上げ、異業種としてはいち早く地位を固めた。現在、M&A助言業務に携わる専門家は300人超の大所帯で、うち7ー8割が生え抜きでの育成と、証券業界とは距離を置いた独自路線を歩む。

デロイトトーマツの鹿山氏

引き受ける案件は、兆円単位の大型案件からスタートアップ企業の数億円の案件まで幅広い。25年の案件数は123件と野村HDに次いで2番目に多く、人員が少ない分、大型案件に絞らざるを得ない外資系証券よりは日系証券と似た傾向となっている。コンサルティング会社らしく、具体的な案件の前段階で「税・財務」「ガバナンス」「サイバーセキュリティー」などの課題について議論をしているうちに具体的な仕事につながることもあるという。

もともと、M&Aで顧客の利益最大化のために取引を設計し、交渉を支援・主導するFAは、証券業務との相性がいい。社債や株式の引き受け業務などの資金調達手法の提案や株式調査部による市場分析など、資本市場の知見を生かせるからだ。

デロイトは金融機関ではないため資金調達機能がなく、取引設計から調達までを一気通貫で対応してほしいと考える顧客には不向きだ。逆に、証券会社への依存を嫌い、ファイナンスありきの「セット販売」を警戒する企業もあるという。鹿山氏は「M&Aの報酬を低くしてブリッジローン(つなぎ融資)などでもうけたいバンカーがいても、その意図が顧客に見えるので信頼されにくい。結局のところ、本当に相手の事情に寄り添っているかが問われる」と話す。

社長は元GSバンカー、専門性生かす-プルータス

フェアネス・オピニオン(買い付け価格に関する適正意見書)という独自の専門分野で案件を増やしているのが、9位のプルータス・コンサルティングだ。フェアネス・オピニオンとは、M&Aで、独立性の高い第三者機関が取引価格の公正性について、財務的な見地から意見を表明することだ。

25年はNTTによるNTTデータグループの完全子会社化(2兆3713億円規模)で、NTTデータが設置した手続きの公正性を評価する特別委員会のFAを務めるなど、フェアネス・オピニオンに特化したサービスで多くの案件を獲得した。

野口真人社長(64)は、富士銀行(現みずほ銀行)などを経てゴールドマン・サックス証券でデリバティブ(金融派生商品)営業や為替業務に従事し、04年にプルータスを創業した。具体的な事業計画があったわけではない。40代の働き盛りで「そろそろ宮仕えは辞め時だ」との思いで会社を飛び出したという。

時流は野口氏に味方した。きっかけは、会計基準の変更により06年以降、ストックオプション(株式購入権)について、付与時点の公正価値を算定し、費用計上することが義務化されたことだ。オプションの価値の計算方法は当時としては複雑だったが、為替の専門家だった野口氏にはお手のもの。「この情報格差はビジネスになる」と気付き、ストックオプションの価値評価を始めた。商品ラインアップは株式、優先株、転換社債(CB)などへ徐々に広がった。

プルータス・コンサルティングの野口氏

M&Aの公正価値を巡る状況も大きく動いた。19年に経済産業省がまとめた「公正なM&Aの在り方に関する指針」では、特に経営陣が参加する買収(MBO)や親会社による上場子会社の買収は利益相反の問題が起きやすいとして、取引条件の妥当性、手続きの公正性について検討する特別委員会の設置が望ましいと明記された。

今では、指針で示された例のほか、大型案件や海外投資家比率の高い企業の案件などでフェアネス・オピニオンの取得が広がっているという。

そもそも、売買の当事者である企業が雇ったFAが算出する株価算定書と、特別委のフェアネス・オピニオンとの最も大きな違いは、前者が株式価値に幅を持たせて算定する一方で、後者は株式公開買い付け(TOB)価格一点において公正かどうか判断することだ。後者は訴訟リスクも大きく、プルータスでは常に鑑定人として裁判に出ることを織り込んだチーム編成をしているという。

野口氏は、今後もフェアネス・オピニオンを取得する流れは加速するとみる。理由の一つは日本でアクティビストの活動が積極化していることだ。伊藤忠商事が20年に実施した子会社ファミリーマートに対するTOBに関する裁判では、一、二審でアクティビストらの「価格が安過ぎる」とする主張が認められ、現在最高裁判所で係争中だ。野口氏は「取締役や特別委員が受ける圧力は数年前とは比べものにならない」と指摘する。

日本のM&A市場の活況が続く中、証券会社以外の企業で体制を強化する動きは活発になっている。昨年10月に日本企業のM&A支援に本格参入した欧州系コンサルティング会社ローランド・ベルガーでは、大手証券はFAの需要に応えきれておらず、需給ギャップが生じていると理由を説明する。PwCアドバイザリーは、M&A業務に関連してステークホルダーマネジメント支援のチームを強化する方針だ。

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