トランプ米大統領がベネズエラで軍事作戦を展開する前から、デンマークはグリーンランドを巡る米国の意図を懸念していた。だが今、デンマーク人は本当に警戒している。

デンマークの自治領である広大なグリーンランドが、トランプ氏の「欲しい物リスト」(そこには確実にコロンビアが含まれている)に今は入っていないとしても、トランプ氏は退任までに手に入れる決意を固めているように見える。

昨年のクリスマス直前、ルイジアナ州のランドリー知事をグリーンランド担当特使に任命したことで、現実味はいっそう増した。メッセージは露骨だ。ルイジアナという州名は、米国が1803年にフランスから広大な領土を買い取ったことに由来する。ランドリー氏は「グリーンランドを米国の一部にするために志願した」と明言している。

デンマークのフレデリクセン首相が直面する問題は、欧州全体が抱える課題と同じだ。すなわち、トランプ氏が行使しようとしている力が正義となる世界において、欧州が切れるカードはほとんどない。

欧州は第2次世界大戦後、米国が同盟国のために築いたルールと同盟に基づく秩序を前提に、全ての経済と安全保障の体制を構築してきた。その結果、今や米国製兵器に頼り過ぎ、その秩序をトランプ氏が破壊していくのに抵抗できない。同氏はしかも、ロシアのプーチン大統領のような存在から強力な後押しを受けている。

トランプ氏の要求に懸命にあらがうフレデリクセン氏が用いるロジックは的確だ。国際法上、米国にはデンマーク領を奪取する権利はないこと、両国は緊密な同盟国であること、米国の安全を確保するためにグリーンランドを所有する必要はないこと。そして仮に所有を試みれば、グリーンランドに住む約5万7000人の民主的意思に反する行為になると指摘した。

これらはいずれも反論の余地のない事実だ。だが同時に、ベネズエラでの電撃作戦が明確に示した点、つまりトランプ氏はそのどれも気にしていないことを全く考慮していない。

排他的勢力圏

トランプ政権は一夜にしてベネズエラのマドゥロ大統領を排除した。確かに強権的なマドゥロ氏への批判は強く、いわば独裁者が改善の基準として設定していたハードルは、犯罪と言えるほど低かった。

しかし、グリーンランドでは事情が全く異なる。実際、ケーススタディーとして考えるのなら、クリミアと比較した方が有益かもしれない。

クリミアは黒海に突き出た半島で、プーチン氏が2014年にウクライナから奪った。同氏は宣戦布告を除くあらゆる手段を用い、最も真実から遠い理由さえ持ち出しクリミア併合の正当化を図った。

しかし、本当の動機は、ロシアが自らが正当と見なす勢力圏、ひいては帝国の一部と考える地域でロシアの力を誇示すること、そしてクリミアの領海下にある石油・ガス田を含む資源を掌握することだった。

トランプ氏も同様に誤解を招く主張をしてきた。マドゥロ氏が米国向けの麻薬取引に関与していることを理由にベネズエラで行動を起こしたと述べたが、ベネズエラは麻薬取引では取るに足らない存在だ。

トランプ氏はまた、国家安全保障の理由からグリーンランドを所有する必要があるとも主張する。だが、もしそれが本当なら、150-200人ほどしか置いていない米軍部隊をすでに増強しているはずだ。冷戦期には、最大6000人の米兵がグリーンランドに駐留していた。デンマークは、増派提案があれば協議に応じる姿勢を示している。

米空軍の要員は1951年の条約に基づき、グリーンランド北西部沿岸のピツフィク宇宙軍基地で活動している。この条約は、米国もデンマークも北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり続けることを前提としている。

しかし、トランプ氏は同盟を重視しておらず、グリーンランド所有を狙う主目的も安全保障ではない。ベネズエラと同様、そしてクリミアでのプーチン氏を連想させるように、トランプ氏が狙うのは資源へのアクセスと、西半球における排他的勢力圏の再確立だ。

グリーンランドの陸地面積はテキサス州の3倍あり、地下には採掘は難しいものの、レアアース(希土類)をはじめとする鉱物が大量に存在すると考えられている。

さらに、この広大な島の領海下には石油・ガスがあるほか、デンマークが国連の大陸棚限界委員会(CLCS)に申請した北極点を含む領有を主張する域内にもさらに資源がある。この申請内容は、カナダやノルウェー、ロシア、米国による主張と程度の差はあれ対立している。

古い秩序の断末魔

グリーンランドに対し米国が行動を起こすとすれば、11月の中間選挙より前と考えていい。そのやり方については、トランプ氏自身もまだ決めていないだろう。マドゥロ氏を拘束するための特殊部隊投入も、最初の選択肢ではなかった(当初は交渉による退陣を試みていた)。

プーチン氏がほとんど発砲することなくクリミアを奪取した際に用いたのは武力や資金、政治的圧力、偽情報を組み合わせたハイブリッドな手法だ。グリーンランドを巡り、トランプ氏はこうしたやり方を参考にする可能性がある。

ホワイトハウスは、グリーンランドの住民に一人当たり最大100万ドル(約1億5700万円)を支払い、まず独立に投票させ、その後、米国に加わらせることもできる。その費用は米国務省の年間予算とほぼ同程度だ。しかし、そこまでの出費は不要かもしれない。

デンマークには、軍事的にも経済的にも米国と競う手段はない。フレデリクセン氏もそれを理解している。他の欧州諸国同様、通商やウクライナ支援、さらには自国の安全保障全般を巡り米国からの報復にさらされやすく、ワシントンとの正面衝突は割に合わない。

より明確になりつつあるのは、欧州が依然として米国が主導する古い世界秩序に依存しているが故に脆弱(ぜいじゃく)だという事実だ。世界の他の多くの地域は、そうではない。不均衡な通商取引やウクライナを巡る駆け引き、そして今回のグリーンランド奪取の脅しは、それを証明するテストケースに過ぎない。

同時に、代替となる新たな世界の「秩序」はまだ存在せず、あるのは旧秩序の凄惨(せいさん)な断末魔だけだ。われわれは19世紀型の大国間競争に何らかの形で逆戻りしつつあるように見えるが、ナポレオン戦争後のウィーン体制のような競争や戦争を抑止する仕組みはまだない。

新たな体制に向かうとしても、疑問は無数にある。例えば、欧州のどの範囲がロシアの支配圏に入るべきなのか。太平洋やヒマラヤでは、中国の勢力圏はどこで終わり、米国やインドの勢力圏はどこから始まるのか。

重要な半導体産業を抱える台湾はどうなるのか。1990年代に米国と欧州が、セルビアによる武力と民族浄化を通じた国境変更を阻止した西バルカンでは、どのような余波が生じるのか。ルールに基づく国際秩序の典型である欧州連合(EU)は再軍備を進め、生き残るのに十分な結束を維持できるのか。

これらの疑問はいずれも、現時点では完全には答えられない。ウクライナ戦争は継続中であり、トランプ氏が米国の裏庭と見なす中南米で「ドンロー主義」、つまり21世紀版のモンロー主義を押し付けようとするのも、まだ新たな国際秩序ができていないからだ。全ては現実が突き付けている問いかけだ。

(マーク・チャンピオン氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。以前はウォールストリート・ジャーナルのイスタンブール支局長を務めていました。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:The Greenland Alarm Sounds. Europe Should Listen: Marc Champion(抜粋)

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