米国で四半世紀前に根絶宣言が出されたはしかが、2025年に入りテキサス州西部の未接種児童の間で急速に広がった。感染がゲインズ郡を越えると、これまで米疾病対策センター(CDC)から支援を受けてきた現地の公衆衛生当局は頼るすべを失った。

「コミュニケーション停止」の状態だったCDCは、州や地方のパートナーとの会話やデータ公開を職員に禁じていた。CDCの週刊リポートもこの感染拡大にはほとんど触れておらず、トランプ政権のケネディ厚生長官は、ビタミンA補給といった科学的根拠の乏しい治療法を推奨し、ワクチン接種を「個人」の選択と位置付け直していた。

本来、州や地方の保健当局との連携を取りまとめ、全米の感染状況を示すはずのCDCが機能不全に陥っていた。

そのため、近隣ラボック郡の公衆衛生ディレクター、キャサリン・ウェルズ氏は、感染症の専門知識を持つ元同僚や友人・知人といった個人的なネットワークを頼り、郡独自の感染拡大への対応計画を作成せざるを得なかった。

ウェルズ氏は「とても孤独に感じた」と振り返り、「頼りにしていた組織がもう存在しない状況は本当に厳しい」と打ち明けた。

 

設立から約80年、CDCは公衆衛生の絶対的基準とされてきた。危険な感染症の流行時には世界がCDCに指針を求め、米国内の医師らは、科学的根拠に基づく推奨を得ようとCDCのウェブサイトを頻繁にブックマークしてきた。

ウェルズ氏は「CDCなしでは全体像を把握できない」と語った。

「自傷行為」

しかし、ケネディ氏の厚生長官就任以後、CDCは混乱に陥っている。厚生省は4月に数千人規模のCDC職員を解雇。その対象にはケネディ氏の主要テーマである慢性疾患を研究する人員も含まれていた。

その後、複数の訴訟を経て一部職員は復職したものの、6月にはワクチンの推奨や保険適用、低所得層への無償提供を決定する有力な諮問委員会のメンバー全員が解任され、ケネディ氏自らが人選を行った。新たな委員の多くはワクチンに批判的な立場を取る人物だった。

その後も混乱は加速。8月には新型コロナワクチンに不満を抱いた銃撃犯が、アトランタにあるCDC本部を襲撃。約500発を発砲し、地元警官1人が死亡した。

同月下旬には、トランプ大統領が新たにCDC所長に指名したスーザン・モナレズ氏が就任から数週間で解任され、シリコンバレーのバイオテクノロジー投資家で厚生副長官のジム・オニール氏が暫定的に職務を代行している。

アトランタにあるCDC本部の外に集まった職員や支援者ら(8月28日)

一方、資金の大半をCDCを通じて得ている州や地方の保健当局は、厚生省が今年打ち切った連邦資金の一部を取り戻そうと訴訟を起こした。

CDCの所長代行を務めた経歴のあるリチャード・ベッサー氏は「極めて短期間のうちにこの機関を壊滅的に破壊し、国内外の人々をますます危険にさらす事態になっている」と警鐘を鳴らす。「この種の自傷行為は最悪だ。本来こうなる必要はなかった」と指摘した。

民主党の上院議員やケネディ氏の親族、厚生省の現・元職員、そしてCDCの歴代所長9人がケネディ氏の辞任を求めている。しかし、同氏は強硬に自らの決定を擁護し、CDC幹部の相次ぐ退任を機関の信頼性を取り戻すため「絶対に必要な調整」だと反論している。

ケネディ氏は、慢性疾患の原因解明を掲げる「米国を再び健康に(Make America Healthy Again)」という構想を打ち出し、CDCがその責務を果たしていないと批判した。

9月前半の上院公聴会では「だからこそCDC職員を解雇しなければならない。彼らは職務を果たさなかった」と述べ、「われわれを健康に保つことが彼らの仕事だった」と言い切った。

新型コロナ

もっとも、CDCを批判するのはケネディ氏に限らない。医療調査の非営利団体KFFが4月に実施した調査によると、CDCがワクチンに関する信頼できる情報を提供していると答えた米国民の割合は59%にとどまり、共和党支持層ではさらに低かった。

こうした懐疑的な見方は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)期に一気に噴出した。CDCは本来、米国の新型コロナに対する最前線の防波堤となるはずだったが、初期対応の不手際が露呈した。

検査や監視体制の不備、感染拡大やワクチン効果に関する重要データを収集しなかったことや、国民への情報発信が繰り返しうまくいかなかったことなどが厳しく批判された。

 

パンデミック後、超党派の議員らは公衆衛生上の脅威に対応する際の切迫感を欠いた緩慢なアカデミズム色の強いカルチャーを非難し、抜本的なCDC改革を求めた。

同時に、マスク着用や学校閉鎖、ソーシャルディスタンスに関するCDCの指針は、分断が深まる世論の対立点となった。

トランプ政権2期目政策に影響を与えてきた保守系の政策枠組み「プロジェクト2025」は、CDCをデータ収集部門と政策提言部門の2つに分割することを提案している。

ワシントンでCDCに対し最も過激にかみついていた1人がケネディ氏だ。過去にCDCのワクチン政策を「ナチスの強制収容所」に例え、ワクチンが自閉症を引き起こすと主張した。そうした関係性は広く否定されている。

ケネディ氏は職員の大量解雇を正当化し、CDCを感染症と緊急事態対応に専念させるべきだと論じている。従来、CDCの活動は潜在的なパンデミックやリステリア汚染の監視から、暴力防止調査や職場安全基準の策定に至るまで幅広かった。

厚生省の報道責任者アンドリュー・ニクソン氏は「パンデミックを通じて政治化が進んだ結果、CDCは国民の信頼を失った。進行中の改革は感染症と備えに焦点を戻し、科学的基準を公衆衛生の中心に据え直している。こうした改革は信頼を再構築し、CDCが国民に応えられるようにする」と述べた。

MMRワクチン

パンデミック後の緊張緩和に向け、議会は2023年にCDC所長を上院承認ポストとする法案を可決。今年7月、モナレズ氏が初めて上院承認の所長に就任した。

モナレズ氏解任に抗議して他の2人の上級職員と共に辞任した元主任医務官のデブラ・ハウリー氏は、CDCで、科学者や行政職ではなく、政治任用者がこれほど多いことはかつてなかったと指摘した。

役割が縮小しつつあるCDCに代わり、科学者や公衆衛生のリーダー、医師、州知事らがかつてCDCが担っていた役割の一部を補おうとしている。専門医の団体は独自にワクチン指針を策定。西部の州は独自の勧告を出すため同盟を組んだ。

マサチューセッツ州を中心とする米北東部の州知事らは、ケネディ氏が65歳以上を対象とした接種を制限したことを受け、薬局で新型コロナワクチンを接種できるよう行政命令を出した。

ケネディ氏は公聴会で「誰からもワクチンを奪ってはいない」と主張したが、元CDC所長代行のベッサー氏は、CDCが推奨しなければ議会は低所得層の子ども向けワクチン費用を負担しないと指摘している。

CDCの人員削減が日常生活にどのような影響を及ぼすかが判明するまでには時間を要するが、州ごとのワクチン政策のばらつきが次の感染症流行時に直接的影響を与えるのは確実だという点で専門家の意見は一致している。

「最終的には米国民が病気になるだろう」とバイデン前政権下で2年間CDC所長を務めたロシェル・ワレンスキー氏は語った。

ワレンスキー氏は特に風邪・インフルエンザシーズンや渡り鳥の飛来に伴う高病原性鳥インフル再流行の可能性、そして「テキサス州でのはしか流行」を懸念している。同州では、「CDCはもう助けてくれない」という認識が広がっていると話す。

そして、「これは始まりに過ぎない」とみているという。ケネディ氏は今後もCDC幹部人事に自ら関与する方針を示している。

テキサス州などでは今年、はしか患者が過去30年で最多となったにもかかわらず、CDCは依然として米国内ではしかは排除された状態にあるとの見解を維持している。ただし、単一の流行が1年以上続けば排除状態は崩れるとされ、26年にもその可能性が現実化しかねない。

MMRワクチン(はしか・おたふく風邪・風疹の3種混合ワクチン)を接種しない家庭が増えているためだ。

「公衆衛生の最大の課題の一つは、機能している時には目に見えないことだ」とベッサー氏は語る。「しかし、うまく機能していない時には極めて目立つ」。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:‘America Will Get Sick’ as CDC’s Total Overhaul Takes Shape(抜粋)

もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp

©2025 Bloomberg L.P.