頻繁に旅客機を利用する乗客や消費者保護団体の間では、航空券の価格が複雑過ぎるとの不満が絶えない。

格安に見えたチケットが「ドリッププライシング」と呼ばれる購入手続き中の料金上乗せにより、最終的に高額になることも多い。以前は無料だった手荷物預かりや軽食、子どもと隣同士の座席指定といったサービスにも追加料金がかかる。

また、時間とともに変動する「ダイナミックプライシング」によって無数の運賃クラスが存在し、事前に計画してお得な運賃を確保するのも難しくなっている。

イスラエルのソフトウエア企業フェッチャーの白書は、こうした不透明さが今後さらに強まる可能性を示している。

同社の取引先には米デルタ航空など複数の航空会社が含まれているが、共同創業者で最高人工知能(AI)責任者を務めるユーリ・イェルシャルミ氏はこの白書で、特定の提携航空会社向けに策定したAI試験プログラムについて説明。

比較的単純だった価格体系を、瞬時に大きく変動させる多数の運賃クラスを含む極めて複雑な仕組みに置き換えたと記している。この新たな価格構造はあまりに複雑で「人間の認知能力を超えている」という。

白書はこのシステムを「大規模市場モデル」と表現。米オープンAIの画像生成ツール「DALL・E」に似た手法を用いている。ただし生成するのは芸術作品ではなく、市場に関する複雑な情報を取り込み、収益を大幅に引き上げる価格戦略だ。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後に急上昇した航空運賃も、現在では割引で顧客を引き付ける必要に迫られており、価格を引き上げるこうした仕組みは航空会社にとって魅力的だろう。

この白書に示されたような手法には懸念もある。デルタのグレン・ハウエンスタイン社長が7月の決算説明会でフェッチャーの仕組みを活用していることを明らかにすると、批判が噴出した。

消費者の「痛点」

ハウエンスタイン氏によると、同社の国内線ネットワークのうち3%でフェッチャーを利用しており、年末までに20%に拡大する計画だ。「本格的な試験段階にあり、今のところ好感触だ」と同氏は語った。

これに対し、ルベン・ガエゴ上院議員(民主、アリゾナ)らはデルタ航空のエド・バスティアン最高経営責任者(CEO)に書簡を送り、この技術には「個人情報保護上の懸念」があり、「価格は各消費者の『痛点』まで引き上げられる恐れがある」と警鐘を鳴らした。

競合他社からも批判の声が上がっている。アメリカン航空グループのロバート・アイソムCEOは、自社の決算説明会でこうしたAIの価格設定は「おとり商法」にあたり、倫理的ではないと指摘し、同社が「採用することはない」と述べた。

サウスウエスト航空も、AIを価格設定に使用していないとしている。

フェッチャーは、「自社ソフトウエアは個別またはパーソナライズされた価格設定を行わず、個人情報も使用・収集・受領しない」と発表資料で説明。また、需要が低い時期には運賃を引き下げることも可能だとしている。

デルタの広報担当者は、フェッチャーのマーケティング資料に関するコメントを避けたが、フェッチャーが他の航空会社とも連携していることには言及した。

AIの普及で航空運賃が上昇する可能性

デルタの対外業務責任者ピーター・カーター氏はガエゴ議員に宛てた7月31日付書簡で、フェッチャーを「意思決定支援ツール」と位置付け、デルタのアナリストが「監督・調整している」と説明した。

また、このAIツールは価格を「上下両方向に調整するよう提案する」とし、従来から使っているダイナミックプライシングモデルの延長線上にあると伝えた。

さらに、「個人データに基づいて顧客ごとに価格を設定する運賃体系を、デルタは過去にも現在にも、そして今後も使用・試験・導入する予定はない」としている。

しかし、フェッチャーとデルタからの過去の発信は、こうした主張と矛盾する部分もある。

節約旅行情報サイトのスリフティー・トラベラーが報じたところによれば、フェッチャーは2024年のブログ記事の中で、購入履歴や「予約時のリアルタイム状況」といった行動データを活用した「個別化された価格設定」を将来の展望として提示していた。

航空会社が「顧客一人一人を理解し、全てのやり取りを最大の価値に最適化する」ことを目指すという記述もあった。フェッチャーはこの部分をデルタに対する反発が高まったころに削除した上で、将来予測と明記しており、ブログ自体もプライバシー規制への配慮に触れていたと発表資料で釈明している。

他の産業に輸出

一方、デルタは以前、特定の顧客に対し生成AIを使って運賃を引き上げる意向を示していた。

ハウエンスタイン氏は昨年11月の投資家向けイベントで、「そのフライトのその時間に、あなた個人に提示される運賃がある」と述べ、フェッチャーの技術によって顧客の価格耐性を試す「最適化された提案」を行っていると話した。

このイベントに出席したアナリストらは、この構想を歓迎。ドイツ銀行のマネジングディレクター、マイケル・リネンバーグ氏は「究極の需給目標は、各個人の需要曲線にぴったり合う価格を見つけることだ」と述べた。

こうしたシステムは急速に広がっていると、左派寄りの経済政策シンクタンク、グラウンドワーク・コラボラティブのエグゼクティブディレクター、リンジー・オーウェンズ氏は指摘する。

同氏は「ここ10年でハイテクな価格設定アドバイザーのような家内産業が登場」してきており、「この動きはデルタにとどまらない」と分析。すでに小売業や配車サービス業も同様のツールを試験的に導入しているとした上で、「航空業界はこの手法を他の産業にも輸出するだろう」との見方を示した。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:AI Flight Pricing Can Push Travelers Up to Their Spending Limits(抜粋)

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