AI帝国の搾取は「日本も他人事ではない」

OpenAIの歴史は、創業者たちのエゴとイデオロギーの衝突の歴史でもあります。
共同創業者であるサム・アルトマン氏とイーロン・マスク氏との確執はその象徴です。

GoogleがAI開発をリードする中、特定の企業が強力なAIを独占することへの懸念を持った2人は、「全人類に便益をもたらす」ことを目的としたオープンで安全なAIを開発するため、非営利団体としてOpenAIを共同で立ち上げました。

しかしOpenAIの営利化や、営利化後のCEOの座、そしてAI開発における安全性などに関して意見が対立し、マスク氏は2018年にOpenAIの取締役会を辞任します。

その後マスク氏は「OpenAIが当初の契約に違反し、利益追求に走っている」としてOpenAIを提訴するに至っています。

マスク氏だけでなく、OpenAIを去った幹部の多くが、自らのビジョンを実現するためにAnthropicやxAIといったライバル企業を設立し、独自の「帝国」を築こうとしています。

この「帝国」の拡大は、日本にとっても他人事ではありません。

OpenAIが東京に海外初の拠点を設けたように、AI企業は日本市場への進出を加速させています。ハオ氏はこう懸念します。

「日本語モデルを開発するには、日本語話者によるコンテンツ・モデレーションが必要です。彼らは間違いなく、日本国内の経済的に脆弱な地域で安価な労働力を探し、ケニアと同じやり方をとるでしょう」

さらに、データセンターの建設ラッシュも起きています。

AIの開発と利用には膨大な電力が必要であり、そのためのデータセンター建設は、電力網への負荷、電気料金の高騰、そして化石燃料を使った発電による環境汚染につながる可能性も指摘されています。

「データセンターから離れた都市部でも、水道や電力といった公共インフラに影響が及ぶ可能性がある」とハオ氏は警告します。

「AGI」の幻想と私たちが進むべき道

AI開発の過熱を後押ししているのが、巨額の資金を投じる投資家たちです。

しかしハオ氏は、その多くが「バブルが弾ける前に売り抜けよう」という投機的な動機で動いており、年金基金なども含まれるため、バブル崩壊は経済全体に大きなリスクをもたらすと指摘します。

そして、このブームの中心にある「AGI(汎用人工知能)」、つまり人間を超える知能の実現という目標そのものに、ハオ氏は疑問を投げかけます。

「『AGIはすぐ実現する』と言っているのは、人々がそう信じれば大儲けできる人たちだけです。多くのトップ研究者は、AGI開発のための技術はまだ存在すらしていないと考えています」

私たちが本当に目指すべきは、AGIという壮大で不確かな夢ではないと彼女は主張します。

「MRI画像からのがんの早期発見、AlphaFoldのような創薬技術の向上、クリーンエネルギーへの移行促進など、特定の課題を解決する有益なAI技術にもっと資金と時間を注ぐべきです。

すべてが生成AIである必要はありません。生成AIはAI技術のごく一部で、現状ではコストと効果のバランスが最も悪い技術の一つです」

AIという強力なテクノロジーを、一部の「帝国」の利益のために使うのか、それとも真に人類の役に立つ形で発展させるのか。

今、私たちはその岐路に立たされているのだとハオ氏は示唆しています。

※この記事はTBS CROSS DIG with Bloombergで配信した「1on1」の内容を抜粋したものです。