AI開発の“震源地”アメリカで起こっていること

「今は本当に刺激的な時代です」

ランガン氏はそう切り出しました。

サンフランシスコを中心に、ChatGPTを開発したOpenAIや、Claudeを手がけるAnthropicなど、数々の企業がAI開発の最前線でしのぎを削っています。

彼女は、この状況をかつてのテクノロジー史になぞらえて説明します。

「1990年代に『ブラウザ戦争』があり、その後はAndroidとAppleによるモバイルOSの覇権争いがありました。今、まさに同じような競争が、AIの基盤モデルや大規模言語モデル(LLM)のレイヤーで起きているのです。

誰が『AIのOS』となり、ユーザーの注目を集めることができるのか。熾烈なリーダー争いが繰り広げられています」

変化の波は、LLMのレイヤーだけにとどまりません。アプリケーション、すなわち私たちが日常的に使うソフトウェアの在り方も根本から変わろうとしています。

SaaS(クラウド型ソフトウェア)が過去数十年の主役だったとすれば、これからはLLMを土台とした「エージェント型ソフトウェア」の時代が到来するというのです。

「これまでのソフトウェアは、私たちがデスクに向かって仕事をする際の『作業』を支援するものでした。

しかし、AIエージェントは違います。仕事そのものを『成果物』として提供してくれるのです。このエージェントへのシフトは、ソフトウェアの概念を覆す、非常に大きな進展です」

AIは人間の仕事を奪うのか、助けるのか

AIの進化に伴うリスクとして常に付きまとうのが、雇用問題です。

AmazonやMicrosoftがAI活用で人員配置を見直しつつあるというニュースは記憶に新しいでしょう。

ランガン氏は、AIと人間の関係を「補完」と「拡張」という二つの側面から捉えています。

「AIは人間を補完し、仕事の質も成果も大幅に向上させてくれる存在だと信じています。

ただ、カスタマーサポートの初期対応のように、特定の職種では変化が起きています。問い合わせにAIが答えられるようになれば、そこに配置される人員は減っていくでしょう」

しかし、それは雇用の全面的な喪失を意味するものではありません。むしろ、多くの職種ではAIが生産性を劇的に向上させる「拡張」の役割を担うと彼女は言います。

「例えば営業職です。AIの活用で営業担当者の生産性が向上すれば、同じ時間でより多くの成果を上げ、企業の成長を後押しできます。

新人レベルの仕事、例えば営業職におけるBDR(ビジネス開発担当)の主な役割は、顧客候補のリサーチやアポイント調整ですが、こうした業務の多くはAIで代替可能です。

しかし、それによって担当者が職を失うのではなく、より迅速に次のレベルの、より価値ある仕事に進めるようになるのです」

ランガン氏は、「雇用が何パーセント減る」という画一的な見方に警鐘を鳴らします。

重要なのは、役割や業務がどう変わっていくかを見極め、人間がより創造的で付加価値の高い領域へシフトしていくことなのです。

AIは自分で使わなければ“売れない”

HubSpotは、2022年11月のChatGPT公開を重要な転機と捉え、製品戦略を大きく転換しました。

自社製品のあらゆる部分にAIを組み込むと同時に、社内業務にもAIを積極的に取り入れてきたといいます。

その目的は、人員削減ではなく「AIを使って学びを得て、確信を持って顧客にその価値を説明できるようになるため」です。

ランガン氏は、具体的な成果を挙げた3つの社内事例を紹介してくれました。

カスタマーサポート:顧客企業数が年20〜25%ペースで増えるなか、サポート人員を増やすことなく、AIで対応する戦略を採りました。結果、この1年半で初期対応案件の約50%をAIで解決。既存の社員は、より高度なサポート業務へとシフトしました。

潜在顧客の発掘:BDR業務にAIを活用し、アカウント調査やメール作成、ミーティング設定を自動化しました。過去数四半期で、AIによって1万〜2万件ものミーティングが設定されたといいます。

マーケティング:Webサイト訪問者やYouTube視聴者などのデータをAIで分析・照合し、顧客一人ひとりに最適化されたアプローチを実践。これにより、マーケティングのコンバージョン率は80〜100%も向上しました。

これらの数字は、AIが単なる未来の技術ではなく、すでに具体的なビジネス価値を生み出す強力なツールであることを証明しています。