彼らはアイビーリーグ(米東海岸の名門私立大学8校)を卒業後に、ウォール街の一流企業に入社。何年も努力を重ね、出世の階段を順調に上っていった。そして、暗号資産(仮想通貨)の世界に飛び込むという「勇断」を下した。

これはキャリア形成において大きなリスクであり、少し前まで失敗に終わると思われていた。暗号資産交換業者FTXが経営破綻に追い込まれ、ビットコインは1万6000ドルを割り込んだ。彼らは大きな間違いを犯した---。家族、友人、元同僚はみな、同じ結論に達していたようだった。

ところが、ドナルド・トランプ氏の大統領返り咲きを好感したビットコインの急騰で状況が一変。高給のウォール街の仕事を辞めて暗号資産の世界へ飛び込んだ転職組に報いの瞬間が訪れている。ブロックチェーン企業は再び人材を募集しているほか、新たなプロジェクトにも資金が流入。業界は大きく息を吹き返している。

「再びスポットライトが当たっている」と語るのは、ウォール街とイーサリアムのエコシステムを結びつけることを目指す企業イーサリアライズ(Etherealize)を創業したビベック・ラマン氏(35)だ。「2024年がすべてを変えた」という。

ラマン氏はエール大を卒業後、モルガン・スタンレー、UBS、ドイツ銀行、野村といったウォール街の一流企業で10年近くクレジット取引に携わった。その後、当時強気相場のサイクルにあったブロックチェーン業界に転職。給与75%減を受け入れての転身だった。イーサリアムに出会い、「なぜブロックチェーン上で債券を取引しないのか」との疑問が頭から離れなかったという。

ラマン氏をはじめ、伝統的金融「トラッドファイ(TradFi)」を離れ、暗号資産業界でキャリアを歩み始めた人々は、まさに「筋金入りの信者」と呼ぶにふさわしいかもしれない。暗号資産の投資家と聞くと、一般に大胆不敵な投機筋の姿を思い浮かべるかもしれないが、彼らは全く異なる。直近の暗号資産「冬の時代」を生き延びてきただけに、現実的な視点を見失わず、足元の相場上昇に興奮している。

パトリック・リュー氏(32)は暗号資産の冬の時代について「大惨事だった」と振り返る。8年間トレーダーとして勤務していたブラックロックを去り、暗号資産業界に転職した初日には、ビットコインは5万ドルを突破していた。

2022年にビットコイン価格が急落すると、出勤は緊張へと変わった。同僚らはオフィスに姿を見せなくなった。暗号資産業界に勤務していると話すことに、時に恥ずかしさすら覚えた。

「安定した伝統的金融業界に戻ろうかと迷った時期がなかったと言えばうそになる」とリュー氏。「だが、本当に最後までやり抜くには、信念と少しの勇気が必要だと思う」と話した。

リュー氏は現在、仮想通貨取引所大手ジェミニでプリンシパルとして勤務している。最近、3年前に購入を勧めた暗号資産が3倍になったと友人からテキストメッセージが届いた。大学卒業後初めて就職した会社の先輩の一人からもお祝いの電話をもらった。

ビットコインが10万ドルを突破した日、リュー氏はニューヨーク市内にある暗号資産をテーマにしたバー「パブキー」を訪れた。「ついに妻を説得して、あの奇妙なビットコインバーに行くことができた」

実のところ、ウォール街出身者の多くにとっては、暗号資産が金融業界でニッチな存在から脱却しつつあることが、自身のキャリア選択に自信を持つ理由となっている。今年に入り、ビットコイン現物の上場投資信託(ETF)が上場したことで、機関投資家のマネーが流入。個人投資家が暗号資産に資金を投じることがさらに容易になった。商品提供元としてブラックロック、インベスコ、フィデリティ・インベストメンツなどが新たに参入し、ウォール街での地位を確固たるものにした。

それでも、暗号資産業界のベテランは、現在の活況を冷静に受け止めている。この業界に長く携わっていれば、この勢いが永遠に続くことはないと十分承知しているからだ。

「当然ながら、健全な投資リターンを目にするのは喜ばしいが、誰もランボルギーニを急いで手に入れようとはしていない」。こう語るのは、シニアエコノミスト兼マクロストラテジストとしてゴールドマン・サックスに勤務し、現在はデジタル通貨資産運用会社グレイスケール・インベストメンツのリサーチ部門責任者を務めるザック・パンドル氏(43)だ。

もっとも、この素晴らしい年を祝わない理由はないと考える業界関係者もいる。約20年にわたり伝統的金融で働いた後、2023年に暗号資産企業ギャラクシーに移籍したマイケル・ハーベイ氏(43)もその1人だ。転職当時、暗号資産業界への転身はリスクが高く、実験的なものだと感じていたという。出社初日に、同僚から「ジョニーウォーカー・ブルーラベル」をプレゼントされた。そのウイスキーのボトルはそれ以来、パソコンのモニターの後ろに置かれたままだ。ハーベイ氏の自制を示す証しとも言える。

だが、今年は好調な1年の締めくくりとなりそうだ。トランプ次期政権による規制緩和への期待や広範なリスク選好姿勢を背景に、ビットコインは最高値を相次ぎ更新。12月に入って節目の10万ドルを突破した。その後は再び大きく下げているものの、22年の最安値からはなお500%余り値上がりしている。

お祝いの一杯が手招きして待っている。

「今年のホリデーに入る前に、開けるかもしれない」とハーベイ氏は語った。

原題:Bitcoin Boom Validates Wall Streeters Who Jumped Into Crypto(抜粋)

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