選挙マップが青と赤に染まり始めた5日の夜、ウォール街の富豪マイケル・ノボグラーツ氏は、スマートフォン2台とラップトップ2台をベッドに持ち込んで待機していた。傍らには「ジャックダニエル」とシャンパンのボトル、レモンシャーベットを用意した。

暗号資産(仮想通貨)投資会社ギャラクシー・デジタル・ホールディングスの創業者である同氏は、「声を張り上げるくらい力の限り」トレーディングに没頭する計画だったという。夜更かしは覚悟していた。各州の開票結果が出るたびに、金融市場は反応した。

そしてジョージア州の結果が出た。トランプ氏当選に向けた流れは一気にスピードを上げ、ダムは決壊した。

かつてゴールドマン・サックス・グループの経営幹部として知名度を上げたノボグラーツ氏は、用意していた作戦を破棄し、眠ることにした。そして目覚めたのは、トランプ氏当選のニュースを米国と金融界が十分に飲み込めていないタイミングだった。

金融を専門とする弁護士のリチャード・ファーリー氏は、深夜にメッセージを受け取った。旧友のロバート・ケネディ・ジュニア氏からだ。メッセージには一言も言葉がなく、ただ親指を立てた絵文字が5つ並んでいた。クレイマー・レビン・ナフタリス&フランケル法律事務所に勤めるファーリー氏は、マンハッタンのミッドタウンにあるウィメンズ・ナショナル・リパブリカン・クラブを後にし、セキュリティーゲートに囲まれた郊外のレジデンスコミュニティーに車を飛ばした。

「これで終わった」とファーリー氏が語ったのは日付が変わった6日未明。疲れていたが口調は明るかった。

返り咲きが確実に

ウォール街の投資家やバンカー、企業幹部、弁護士らはこの数時間を、飲んだり、心配したり、トレーディングに従事したり、議論したりしながら過ごした。トランプ氏がハリス副大統領に勝利し、ホワイトハウスへの返り咲きを果たすことが確実になった時、夜はまだこれからだった。

ポピュリストの富豪が性的暴力の責任を問われ、ニューヨーク州裁判所で34件の重罪で有罪評決を受けながらも、政治権力を取り戻した。この事実は米政府のみならず全ての住民にインパクトを与える。しかし減税と規制緩和に関しては、世界の金融界で影響力を持つパワーブローカー以上に恩恵を受ける者はいない。

米史上類のないほど極端な結果になりかねない選挙を控え、彼らは週を通して綿密な行動計画を立て、数日前から息を潜めて見守ってきた。しかしトランプ氏の勝利宣言はロンドン証券取引所がオープンする前に終わっていた。

マーケットは沸騰した。ここ最近のトランプトレードの波に乗っていた投資家らは、自分らの判断が正しかったと確信した。ドルは急伸し、暗号資産も上昇。大手銀行の株価は跳ね上がった。

金融界の富豪や重鎮らがどのように動いたのか、時系列に追跡してみよう。時刻は米東部時間。

6:30 p.m. ダウンタウン・マンハッタン、ウォール街

キャシー・ワイルド氏は選挙パーティーが開かれていたニューヨーク証券取引所(NYSE)に足を踏み入れた。途中、あるヘッジファンドの著名幹部を見かけた。「選挙結果に大金を賭けていますか」と尋ねると「90億ドル(約1兆3900億円)」との答えが返ってきたという。ニューヨーク市のパートナーシップ事業を率いるワイルド氏は、数十年前から富豪たちと顔見知りになっている。「だけど、どちらに賭けているかは教えてもらえなかった」と述べた。パーティーでは参加者に選挙区マップと赤青の色鉛筆が配られた。

マンハッタンの別の地区では、バンク・オブ・ニューヨーク(BNY)の幹部アカシュ・シャー氏が急いでアパートに帰宅した。この日話をしたクライアントから、同行のカストディー部門で管理されている50兆ドル余りの資産について「趨勢(すうせい)」を問われた。シャー氏は答えることができなかった。

8:00 p.m. ミッドタウン・マンハッタン、西51丁目

ウィメンズ・ナショナル・リパブリカン・クラブでは歓声が沸き起こった。AP通信がサウスカロライナ州の結果を報じ、伝統的なレッドステートをトランプ氏が制した。トランプ陣営のキャンペーンソングである「ゴッド・ブレス・ザ・USA」が会場内に響き渡る。ジャニー・モンゴメリー・スコットの資産運用マネジャー、クリス・スカッシ氏は「自腹で資金を賭けて投票した」と話した。最大の心配は不法移民と、入国によって持ち込まれる犯罪だという。

8:02 p.m. ミッドタウン・マンハッタン、東46丁目

慈善家のローリー・ティッシュ氏はアレツキーズ・パトルーンにいた。マティーニと著名人が集まることで有名な、敷居の高いステーキハウスだ。フロリダ州をトランプ氏が制したとのニュースが流れたのはその時だった。ウォール街のディールメーカー、ブレア・エフロン氏が主催した選挙パーティーのさなかに、ティッシュ氏は吐き気をもよおした。

センタービュー・パートナーズの共同創業者であるエフロン氏は、昔からハリス氏を支持している。同氏の名前は「ハリス政権」の陣容に挙がることもあった。同氏はかつてのライバルであり、民主党仲間のロジャー・アルトマン氏(エバコア創業者)と、このパーティーを主催していた。ティッシュ氏は大きな箱入りのリコリスキャンディーをたいらげた。参加者は全員が胃痛を感じていたようだという。

8:05 p.m. ニューヨーク、9:05 a.m. シンガポール

あるマクロヘッジファンドマネジャーはすでにドル高に賭けていたが、注文を上積みした。ドル高トレードはトランプトレードの中でも特に人気が高い。

一方でテキサス出身のジェフ・フィッシャー氏は、シンガポールのマリーナベイで開かれた選挙ウオッチパーティーで、バーテンダーにビールの色を指定していた。パーティーでは勝利を予想する党に合わせて色を指定し、青いビールか赤いビールを注文することになっていた。「シンガポールでは赤い波が起きている」と同氏は語った。

8:15 p.m. ニューヨーク、10:15 p.m. サンパウロ

マクロヘッジファンド、ノーベリー・パートナーズの創設者デシオ・ナシメント氏は、ブラジルでトレーディング中だった。同氏のモデルではトランプ氏勝利の確率が90%を超えていた。エネルギーと銀行、防衛関連株のポジションを積み増し、デュレーションの長い債券へのエクスポージャーを縮小した。

8:30 p.m. アッパーイーストサイド・マンハッタン

ビリー・ハルト氏の家庭には緊張感が漂っていた。債券の電子取引プラットフォーム大手、トレードウェブの最高経営責任者(CEO)であるハルト氏は、スタッフから説明を受けていた。誰もがこの夜の結果がどちらに動くか決めかねており、確信を持って賭けに出られなかったという。同氏は2016年の選挙の夜、ゴールドマン・サックス時代の上司アショーク・バラダン氏とフレンチビストロで食事したことを思い出した。誰もがヒラリー・クリントン氏の勝利を当然と見なしていたが、現実はそうならなかった。

同じ地域で、別のヘッジファンドマネジャーがタウンハウスの庭で葉巻を吸いながら、喧噪(けんそう)を逃れていた。妻や娘たちと激しい口論をしたからだ。妻たちはハリス氏を支持していたが、彼は違う。金利はトランプ氏勝利を示唆していると同氏は述べた。

8:57 p.m. フロリダ州パームビーチ|

ウィルバー・ロス氏はおあつらえむきの靴を履いていた。 新しい回顧録『リスクとリターン』の中で写真入りで紹介されている靴コレクションから、象の刺しゅうがデザインされたスリップオンを選んだ。トランプ政権で商務長官を務めたロス氏(86)は、会員制のエバーグレーズ・クラブでディナーを済ませ、パームビーチ・カウンティ・コンベンション・センターで開かれるトランプ氏支持のパーティーに向かっていた。

結果がはっきりするまで数日かかり得ると同氏は考えていたが、気分は上々だった。「パームビーチにいる人で、パームビーチ出身の人はいない」とロス氏。「だからみんな自分の出身地から電話をもらっていた。そしてそうした電話はどれも非常に心強い内容だった。だけど、まだ早い」と述べた。

9:12 p.m. ミッドタウン・マンハッタン、西51丁目

クレイマー・レビンの弁護士、ファーリー氏は奇妙な予感がしていた。誰も政治の話をしてこない。そこにクライアントの1人からメッセージが入った。今マールアラーゴにいて、トランプ氏本人がそばにいるという。現地のムードを尋ねたら「慎重ながらも楽観」との答えだった。別のクライアントからは、映画「ターミネーター」を見る予定だったが10時半にニュースをチェックしたと知らされた。「NBAのバスケットボールの試合のようだ」とファーリー氏。「残り10分になるまで、何も分からない」と述べた。

9:30 p.m. ローワー・マンハッタン、アスタープレイス

投資家のジョナサン・ソロス氏がジョーズ・パブで主催したイベントでは、ゲストが退出し始めていた。英国出身のコメディアン、サイモン・フレイザーが繰り出すジョークは、民主党寄りの招待客の不安をほんの少しだけ忘れさせた。

9:40 p.m. ローワー・マンハッタン、トライベッカ

ノボグラーツ氏は過去4年間、民主党の政治に「大金を注ぎ込んできた」という。同氏の妻はハリス氏を支援している。彼の立場は微妙だ。トランプ氏が勝利すれば、巨額の利益を手にするからだ。「最初の段階では若干のボラティリティーがあった。今ではただ待つばかりだ」とノボグラーツ氏。「今スクリーンの前に座っていないマクロトレーダーはいないはずだ」と述べた。

10:00 p.m. ニューヨーク

市場はほぼトランプ氏の勝利を受け入れている。ビットコインは過去最高値を更新。10年債利回りとドルは急伸した。賭けサイトのポリマーケットはトランプ氏勝利の確率を84%、プレディクトイットは約76%と表示した。

10:11 p.m. ニューヨーク

世界有数の金融企業でトップに立つある幹部は、ディナーとパーティーから帰宅した。ウォール街大物にはよくある話だが、この幹部もワシントンの政界に近い位置にいる。政財界のハリス氏支持者からパニック気味の連絡が殺到した。彼はジョージア州を注視するよう助言した。ジョージア州では接戦が展開中で、左寄りのアトランタの開票結果が出るのはこれからだった。民主党の仲間は心配性のようだと同氏は語る。結果が出るまで待とうというのが、彼のメッセージだった。

11 p.m. ニューヨーク 3 p.m. シドニー

地球の反対側、シドニーのトレーディングフロアではケリー・ウッド氏が選挙の行方を予測していた。シュローダーの債券部門責任者であるウッド氏は「弊社では米金利をショート、インフレをロング」にしていると話す。この時点でのトランプ氏勝利の確率は90%程度で、激戦州の過半数を制していた。「米国債市場はオーストラリア時間の早朝に判断を下し、取引開始とともに売りを浴びせている」と述べた。

12 a.m. ニューヨーク、 2 p.m. 東京

ドル上昇が一段落すると、ヘッジファンド勢がドルロングの利益確定に入っているとの臆測がアジアのトレーディングフロアで流れた。東京の高層ビルにオフィスを構えるニューバーガー・バーマンでは、従業員が電話をチェックしたり、コンピューター画面にくぎ付けになったりしていた。市場がネガティブに反応し、売り浴びせの状況になれば、当然ながらわれわれはその状況を柔軟に判断すると、日本株式運用部の岡村慧ポートフォリオマネジャーは語った。ただ現時点では逆の状況であり、この日は本当に厄介な一日になりそうだと話した。

12:37 a.m. パームビーチ

主要テレビ局が激戦州ノースカロライナとジョージアでトランプ氏が勝利したと報じ、同氏は全米に向けた演説のためパームビーチのコンベンションセンターに向かっていた。すでに将来の展開を見据える投資家もいた。TPWインベストメント・マネジメントの共同創業者ジェイ・ペロスキー氏は、ドルの長期的な低調を懸念。「世界で最も過剰に保有されている資産だ」と述べた。「爆発的な赤字膨張を警戒している。連邦準備制度理事会(FRB)は窮地に追い込まれるのではないだろうか」と話した。

1 a.m. ケイマン諸島

米大統領選挙だけが嵐だったのではない。ハリケーン「ラファエル」は6日未明にカリブ海地域を通過、ケイマン諸島やジャマイカに豪雨をもたらし、キューバに向かった。

スイスのプファフィコンから10億ドル規模のマクロヘッジファンドを運用するエデュアルド・デ・ラングレード氏は、普段はケイマン諸島のオフィスでトレーディングの24時間体制を敷いている。この日はハリケーンのため、夜通しオフィスでブローカーと直接ディールしようと決めた。「理想的な状況ではない」と同氏は話した。

2 a.m. ニューヨーク、 11 a.m. ドバイ

大手マクロヘッジファンドのドバイ在勤トレーダーは、夜に備えて力を蓄えようと、5日の朝は遅くまで眠っていた。トランプ氏が次々と激戦州を獲得するにつれマーケットは沸いた。米国株は急伸し、ドルは主要通貨に対して2020年以来の大幅高を記録。米国債相場は急落し、ビットコインは過去最高値を更新した。次はいつ眠れるだろうかとトレーダーは思った。

実際のところ、眠れなかったトレーダーは多かった。世界に330人余りの投資チームを抱え、資産規模695億ドルのヘッジファンド、ミレニアム・マネジメントは米州の取引執行デスクで働く従業員に徹夜態勢を指示した。

2:30 a.m. パームビーチ

トランプ氏の演説が始まった。同氏がペンシルベニア州を制し、ハリス氏勝利の道は事実上なくなった。この時点で共和党はすでに上院の過半数議席を獲得。オハイオとウェストバージニア両州で議席を奪い、テキサス、ネブラスカ2州で防衛に成功した。

動画:支持者に演説するトランプ氏

「子供たちやあなた方にふさわしい、強くて安全で、繁栄する米国を実現するまで、私は休むつもりはない」とトランプ氏は述べ、「われわれはこの国の癒やしを助けていく」と付け加えた。

3:45 a.m. ニューヨーク、 8:45 a.m. ロンドン

世界の市場に不気味な静けさが訪れた。ロンドン証券取引所の取引開始から1時間もたたないうちに、トレーダーたちは最近のボラティリティー急上昇が失速すると考え始めた。

ロンドンを拠点とするマクロヘッジファンドのトップは、米国債の指標利回りが0.1ポイントしか上昇しなかったことを指摘し、市場がトランプ氏の勝利を歓迎している証拠だと述べた。新しい世界が開かれようとしていたが、それは以前に見たことのある世界と似ていた。

4 a.m. ニューヨーク

市場は勝者と敗者に注目し始めた。ニューヨーク市場では、トランプ・メディア&テクノロジー・グループが取引開始前の時間外で急騰した。バンク・オブ・アメリカ(BofA)とシティグループ、JPモルガン・チェースはいずれも急伸。トランプ氏は規制緩和の公約を守るとの投資家の期待が示された。

テスラ株は上昇。世界一の富豪イーロン・マスク氏が共和党に1億3000万ドル余りを支援したことで、テスラに恩恵が及ぶとする投資家の思惑が働いた。

5:30 a.m. パームビーチ

トランプ氏がホワイトハウスに返り咲く見通しが濃厚となった。複数の主要ネットワークが激戦州すべてで同氏が勝利もしくは優勢になっていると報じた。

9 a.m. ニューヨーク、7 a.m. アリゾナ州スコッツデール

BTIGで仕組みプロダクトセールスを担当するコナー・オキャラハン氏は、自宅で選挙結果を分析していた。同氏は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)時にニューヨークから故郷スコッツデールに移住。今年は地元の政界入りを目指したが失敗した。

「民主党員として、われわれは自分たちとしっかり向き合う必要がある」とオキャラハン氏。「責任は一切自分たちにある。米国の有権者説得に失敗したのだから」と述べた。

9:30 a.m. ウォール街

アカデミー・セキュリティーズ傘下、ジオポリティカル・インテリジェンス・グループの幹部らは、ニューヨーク証券取引所(NYSE)にいた。取引開始のベルを鳴らして満面の笑みで拍手し、歓声を上げ、拳を突き合わせた。S&P500種株価指数は過去最高値を更新した。

原題:Novogratz’s Ditched Trading Plan Shows Shock Speed of Trump Win(抜粋)

--取材協力:中道敬、Lisa Du、Loukia Gyftopoulou、Bei Hu、Katherine Doherty、Nishant Kumar、William Shaw、Gillian Tan、Adam Haigh、Ruth Carson.

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