米財界指導者

  米企業はトランプ氏の大統領復帰の可能性に適応しようとしているが、企業トップの多くはそれを待ち望んでいるわけではない。多くのトップ経営者と定期的に話をしているイエール大学経営大学院のジェフリー・ソネンフェルド教授は、「彼らはトランプ氏に我慢ならない」と言う。ただ、一方でトランプ氏が再び大統領となり、うまく付き合っていく必要が出てくる可能性が高まっていることを認識している。

  トランプ氏は6月にワシントンで、JPモルガンのダイモン氏やアップルのティム・クック氏、バンク・オブ・アメリカのブライアン・モイニハン氏ら国内の著名な企業トップ数十人と非公式に会談した。超党派のロビー団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が主催したこの集まりでトランプ氏は、長い間難しい関係にあった数多くの企業リーダーと対面。その多くはトランプ氏に大統領就任当初から警戒心を抱いていた。

  2021年1月6日のトランプ氏支持者による連邦議会議事堂襲撃事件の後、クック氏、ダイモン氏、モイニハン氏はいずれもこの暴挙を非難。クック氏は「わが国の歴史における悲しく恥ずべき一章」と呼んだ。しかし、マンハッタンの陪審員団が34件の虚偽記載の罪でトランプ氏に有罪の評決を下したわずか数週間後、誰もがトランプ氏と交わるために集まった。これは紛れもなく、権力のダイナミックスが変化していることを示している。

  トランプ氏は米企業経営者たちとの関係のあり方についてきわめて敏感で、彼らの支持を望むか、それとも彼らを自分の意のままにしたいのかで揺れ動いている。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンのベルナール・アルノーCEOが表紙を飾った「ビジネスウィーク」誌7月号をマールアラーゴで見せられたトランプ氏は、世界有数の大富豪であるアルノー氏について「信じられないような男で、私の友人だと思う」と言及し、トランプ氏との関係が話題に上ったかどうか尋ねた。(それはなかった)

  トランプ氏は、フォーチュン100企業のCEOで自身の選挙キャンペーンに公に寄付した人はいないと指摘されると、歯切れが悪くなる。(その後、イーロン・マスク氏が資金面での支援を表明した)。トランプ氏は6月のCEOらとの非公式の会合に関してCNBCが報道した際、トランプ氏について「著しく話があちこちに飛び」、「支離滅裂」と非難したあるCEOの匿名コメントを取り上げたことに、まだ頭を抱えている。

  むしろ、会合は好意的な空気に満ちていた、とトランプ氏は主張する。「自分が愛されていないときは誰よりも自分がそれを感じる」からだという。トランプ氏によると、CNBCから謝罪の電話があった。(CNBCの広報担当者は「謝罪はしていない。コミュニケーションをオープンに保つことについて前大統領と話した」と説明した)

  トランプ氏は、自身の政権が2017年に法人税率を「39%から21%に」(実際には35%から21%)引き下げたことを会合に集まった幹部らに思い出させ、さらに20%まで引き下げると宣言したと説明。「彼らは喜んでくれた」とトランプ氏は振り返る。さらに税率を15%まで下げたいと付け加えた。

  しかし、CEOたちがどのような 「愛 」を示したとしても、それは結局のところ私利私欲に基づくものであることもトランプ氏は認識している。CEOたちも他の人々と同じように世論調査を読むことができるからだ。

  企業トップが常に共和党候補に冷淡だったわけではない。連邦議会議事堂襲撃でトランプ氏の政治生命が断たれたように見られた中で、共和党を支持する経済界は党の新たな旗手を選ぼうと躍起になっていた。

  フロリダ州知事のロン・デサンティス氏、前サウスカロライナ州知事のニッキー・ヘイリー氏、バージニア州知事で投資会社カーライル・グループの共同最高経営責任者(CEO)も務めたグレン・ヤンキン氏を筆頭に、ビジネス界に友好的な新世代の政治家たちに資金と注目が集まり始めた。しかし3氏はいずれも脱落し、ビジネスリーダーたちは、トランプ氏が大統領候補に躍り出たことに衝撃を受け、落胆した。

  「みんなが状況を読み違えていた」と話すのは共和党のビジネスロビイスト、リアム・ドノバン氏だ。「トランプ氏はもう終わったという思い込みがあった。しかし、デサンティス氏やヘイリー氏がその替わりになることはなかった。人々は新しい時代に移る機会と思って実現しようとしたがならなかった。支持層はトランプを望んでいたのだ」

  トランプは反目した相手に恨みを抱くことで知られる。 昨年の保守系政治関連の会議で、トランプ氏は 「報復 」を約束した。しかし嫌いなCEOを仕返しするのかとマールアラーゴで問われた際には「誰に対する報復も考えていない」と答えている。

  トランプ氏は、メタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)、アマゾン・ドット・コム創業者でワシントン・ポストのオーナーであるジェフ・ベゾス氏との長年の確執を再燃させている。

  ワシントン・ポストが、トランプ氏の大統領在任中の虚偽主張(3万573件に上る)を集計したことで、ベゾス氏は特段の怒りを買っている。トランプ氏は、ベゾス氏がポスト紙所有で「自分自身に大きな不利益をもたらし」、「多くの敵」を作ったと主張する。

  とはいえ、トランプ氏は企業からの批判や敵が多い割に、役員クラスやウォール街からの支持がないわけではない。キー・スクエア・キャピタル・マネジメントのCEOで、トランプ氏の強い支持者でもあるスコット・ベセント氏は、「役職を問わずうまくいった。マーケットは好調だったし実質賃金は上昇し、とてもよい時代だった」と振り返る。

  支持者だと名乗り出ていない他の著名なCEOも、トランプ前政権を称賛している。ダイモン氏は1月、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで、次のように述べた。「彼は北大西洋条約機構(NATO)や移民問題についてある意味、正しかった。彼は経済をかなり成長させた。税制改革はうまくいった。対中政策のいくつかは正しかった」。

  トランプ氏はこれを喜んだ。同氏は昨年、自身が立ち上げたソーシャルメディアのトゥルース・ソーシャルでダイモン氏のことを「非常に過大評価されているグローバリスト」と攻撃したが、いまでは政治家としてのキャリアを考えているとされるダイモン氏を財務長官に起用することも想定し得ると方向転換した。トランプ氏は「彼は私が検討すべき人物だ」と発言している。(ダイモン氏のスポークスマンはコメントを控えた)

報復への懸念も

  ビジネスリーダーに対して定期的に怒りをあらわにしてトランプ氏だが、第2次政権では彼らの登用を熱望しているようだ。ノースダコタ州のダグ・バーガム知事はハイテク企業の元CEOだが、副大統領の最終候補者リストに入り、政権入りする可能性がある。ベセント氏も財務長官候補だ。

  少し前まで敵対する可能性があると考えられていた経営者についても、トランプ氏は受け入れている。ヤンキン氏のことを「最盛期にある」と持ち上げ、「私の政権にぜひ迎えたい」と発言している。そしてトランプ氏が最終的に副大統領候補に選んだバンス上院議員はベンチャーキャピタリストだった。

  それでも、トランプ氏の返り咲きに不安を感じる経営者は多い。アメリカン・エキスプレスの元会長兼CEOのケン・シュノールト氏は、トランプ氏の脅しが企業のリーダーたちを萎縮させていると言う。「報復があることを大いに恐れているからだ」。

  トランプ氏が大統領在任中にAT&Tによる850億ドル規模のタイム・ワーナー(現ワーナー・ブラザース・ディスカバリー)買収に反対したほか、政権に関する報道への不快感からCNNを売却させようとしたとの懸念をシュノールト氏は挙げた。