インフレ

  経済に関してパウエル氏の問題の他にトランプ氏の胸中にあるのはインフレだ。トランプ氏は、バイデン大統領の経済運営責任をこれまで繰り返し批判してきた。しかし、物価高騰と高金利が生む怒りの中に黒人やヒスパニック系の男性といった共和党を通常支持しない有権者を取り込むチャンスを同時に見いだしている。「われわれが持つ流動性の黄金はどこよりも多い」と話すトランプ氏は、石油・天然ガスの掘削拡大に道を開き、価格を下げると言う。

  3番目は移民だ。厳しい規制が国内の賃金と雇用を押し上げる鍵になるとトランプ氏は考えている。経済をつくり変えるプロセスで、移民規制を「最大のファクター」と位置付ける。支持獲得を切望するマイノリティー(人種的少数派)に特に恩恵をもたらすという意味もある。「何百万人という人々の入国で、黒人たちは大きな打撃を受けるだろう。彼らは既にそれを感じ取っている。賃金はだんだん減り、仕事を不法移民に奪われている」とトランプ氏は主張する(労働統計局によれば、2018年以降の雇用増の大半は移民ではなく、市民権を得た人々と合法的な居住者だ)。

  トランプ氏の言葉は終末論的になる。「雇用や住宅、あらゆるところでこれまで起きたこと、これから起きようとしていることが理由で、この国の黒人たちは死のうとしている。私はそれを止めたい」と訴える。

  石油の掘削は別として、トランプ氏は物価引き下げのプランを詳しく説明していない。自ら提唱する強力な関税が思いがけない収入を米国にもたらすというのが個人的な確信だが、主流派の経済学者は同意していない。関税はさらにインフレを助長し、米国の家計にとって増税になると彼らは警告する。ピーターソン国際経済研究所(PIIE)の報告書によれば、トランプ氏の関税制度の下では、平均的な中所得世帯に年間1700ドルの追加的コスト負担が生じる。オックスフォード・エコノミクスは、関税と移民規制、減税延長の組み合わせによってインフレ率が上昇し、経済成長が鈍化する恐れがあると評価する。オックスフォード・エコノミクスの米国担当首席エコノミスト、バーナード・ヤロス氏は、一連の政策のスルーライン(一貫したテーマ)が「インフレ期待の上昇」との見解を示す。

  そして財政赤字だ。トランプ氏は大統領在任中の2017年に成立した税制改革法を更新し、法人税をさらに引き下げることを望んでおり、同氏や彼のアドバイザーが説明しない手法がどんなものであれ、それは財政均衡を描き出すものではない。保護主義的政策の結果としてエコノミストが予想する金利上昇圧力も相まって、国の膨らむ債務負担をさらに増大させる恐れがある。

  それでも結局、トランプ氏の他の考え方は、ビジネスリーダーたちを味方に付くよう揺さぶるには十分かもしれない。トランプ氏の献金者で、シェール生産会社コンチネンタル・リソーシズの会長を務めるハロルド・ハム氏は「バイデン政権には自由市場へのあからさまな敵意が感じられ、その結果、投資が手控えられている。規制の不確実性に加え、特定セクターへの規制の敵意がむき出しなケースさえある」と指摘し、バイデン政権による液化天然ガス(LNG)プロジェクト停止をその例として挙げた。「トランプ氏が返り咲きを果たせば、手控えられていた投資が再び解き放たれるだろう」と同氏は予測する。