◆端役に至るまでの全登場人物が持つ「立体感」

翻訳者の木村裕美さんは「ゴシック小説の香りがただようミステリー、歴史を背景にした恋愛ロマン、推理、冒険、庶民の風俗喜劇…、『風の影』は、読ませる小説の要素を余すところなく内包している」と書いています。
全世界で2000万部以上売れている世界的なベストセラーです。翻訳者の木村裕美さんはマドリード在住、たまたま日本におられた2月27日、お話をうかがいました。
木村:『風の影』には、その辺に出てくるおじさんとかおばさんも含めて、全部気づいたら(登場人物は)100人ぐらいでした。本当にちょっと、1~2行出てくる人も含めて。みんな性格を持っていて、みんな「なんかこれってスペイン人だよね!」みたいな感じで、生き生きしてる。「この一言で、わかる!」みたいな。本当に人物描写は素晴らしいですね。
神戸:木村さんは「当時のスペインを生きた無名の人々、あの時代に確かに存在した人間たちの投影」とお書きになっていましたね。
木村:ええ、そうですね。
神戸:出てくる人たちが皆、日差しを浴びて影を持っているような、立体感があるような気がしましたね。
木村:そうですね! 本当におっしゃる通りだと思います。
◆スペイン現代史の暗部が背景に

4部作は、数十年に及ぶスペインの現代史を描いています。僕らはあまり知らないですが、スペインにはすごく残酷な歴史があるんです。
第2次大戦の直前、1936年から4年にわたる内戦が起きて、同国人同士の殺し合いが続きます。内戦で勝利したのは軍人フランコで、1975年に亡くなるまで、40年近く独裁政権を維持しました。
つまり、言論の自由がない国だったんです。今のミャンマーみたいな感じでしょうか。内戦前にスペイン全土で1万人程度だった囚人が、内戦の終わるころは27万人に上っていた、と言います。無数の無実の方々が収監され拷問され、銃殺されて埋葬されています。
そういう暗い歴史が、実はスペインにはあります。それを背景にしているので、この小説の中にも人を簡単に殺す警察官とか、拷問が加えられる刑務所などが出てきて。でも、実際にあったことなんですよね。これがサスペンス的な要素をすごく強めています。
4作にわたって、過去に遡りながら話が展開していくんですが、年表を作ってみました。何年にどの話があったか、1年ずつ書き出すのに1週間ぐらいかかりました。「こんな小説があるのか?」と思うような、緻密な作りになっています。







