◆「忘れられた本の墓場」とは?

日本語版翻訳者の木村裕美さんは、第1作「風の影」のあとがきで、こう紹介しています。
「1945年。靄につつまれたバルセロナ。無数の書物が眠る『忘れられた本の墓場』で、10歳のダニエルは、偶然1冊の本を手にする。この本との出合いによって、ダニエルは知らず知らずのうちに、幻の作家をめぐる暗い過去の世界へとひきずりこまれていく……」
「忘れられた本の墓場」は、4冊の本全部に出てきます。主人公のダニエルは、古本屋を経営する父親に「忘れられた本の墓場」へ連れていかれます。
「ダニエル、きょう、おまえが見るもののことは、誰にもしゃべっちゃだめだ。友だちのト マスにも、誰にもだぞ」(中略)
内部は蒼い闇につつまれている。大理石の階段と、天使の像や空想動物を描いたフレスコ画の廊下が、ぼんやりうかんで見えた。管理人らしき男のあとについて宮殿なみの長い廊下を進むうちに、父とぼくは、円形の大きなホールにたどりついた。(中略)
高みからさしこむ幾筋もの光線が、丸天井の闇を切り裂いている。書物で埋まった書棚と通廊が、蜂の巣状に床から最上部までつづき、広い階段、踊り場、渡り廊下やトンネルと交差しながら不思議な幾何学模様をなしていた。その迷宮は、見る者に巨大な図書館の全貌を想像させた。
ぼくは口をぽかんとあけて父を見た。父はほほ笑んで、ぼくにウインクした。
「ダニエル、『忘れられた本の墓場』へ、ようこそ」
(『風の影』上巻14ページ)
ひとつひとつの言葉が、すごく美しいんです。ダニエルは父親からある指示を受けます。1冊だけ気に入った本を持ち帰っていい。ただし、本が「ぜったいにこの世から消えないように、永遠に生き長らえるように、その本を守ってやらなきゃいけない」。これが、初めて来た人のルールなのです。
ダニエルが手に取ったのが、「風の影」というタイトルの本でした。この本を奪おうとする人が出てきて、ダニエルは守らなければいけない。10歳の少年が見たバルセロナ。冒険や恋が描かれていきます。いろいろな過去の秘密をダニエルが調べていく。すると、別の過去の秘密が出てきてしまう物語の構成。
まるで入れ子のロシア人形(マトリョーシカ)のように。実は小説世界そのものが「忘れられた本の墓場」なんです。複雑な世界を展開していることに、読みながらクラクラしてきます。







