小屋浦防災士会では、妻で看護師の仁美さんも活動しています。


元吉保さん
「そもそも元吉がボランティア活動してるとか、近所の人と話をしてるっていうのが信じられない。」

元吉仁美さん
「親族もビックリ。」

元吉保さん
「ボランティアをしたことがなかった。でもそれだけボランティアに助けてもらったときに本当に考えが変わりましたね、完全に」


映像を残すことが自分が小屋浦にできること。元吉さんは災害の記憶の風化を防ぎたいと考えています。

元吉保さん
「個人それぞれの防災意識というのは我々もまだ分からない。いまからみんなとつながって一緒に防災に取り組んでいかなくちゃなと。始まったばかり。まだまだいまからです」


そして、西日本豪雨から4年となったきょう。町では子どもたちも災害の教訓を学んでいました。

地域唯一の保育園では、園の前にある川が増水した想定で、避難訓練が行われていました。

机の下に隠れる訓練のあと、園には仁美さんの姿がありました。防災士たちが、子どもたちに大雨や地震があったときどうしたらいいかを伝える教室です。


仁美さんもパネルを使って、災害が起きたときの体の守り方を伝えていました。


元吉仁美さん
「子どもたちがすごく興味をもって聞いてくれたので少しは役に立ったのかな。みなさんの顔を見たり、地域の役に立てることがあったらなと思っている。」



元吉さんと仁美さんが昼食に来たのは、自宅近くの台湾料理店です。ここに来るとたくさんのボランティアが食事に来ていた4年前の夏を思い出すそうです。

元吉仁美さん
「職場の人とかお友達が土砂をかき出しにきてくれた」

元吉さん夫婦は被災して多くの人に助けられた恩を、今度は誰かに返したいと話します。


元吉保さん
「夕焼けが太陽がちょうどあの辺に沈むんですけど、日の入りくらいの時間に来てもらえたら、めちゃきれい、ここ。」

復旧は進んでも、ここで起きたことを忘れない。地域の人たちは、災害の記憶をつないでいます。