太田リポーター
「安良波公園にやってきました。こちらにはある国との縁を感じさせる場所があるといいます。それがあちらです」



カラフルな船の遊具。この遊具にまつわる歴史について知る方に案内していただくことに…

「RBCの太田です、よろしくお願いします。沖縄県立埋蔵文化財センターの片桐です、よろしくお願いします」



県立埋蔵文化財センターで遺跡の調査・研究をしている片桐千亜紀(かたぎり・ちあき)さん。こちらの遊具は北谷町とある国との交流が始まるきっかけとなったもののようで―



県立埋蔵文化財センター 片桐千亜紀主任専門員
「これは琉球王国時代の1840年にこの海岸の沖合1キロのリーフで座礁沈没したイギリス東インド会社の船、インディアンオーク号の遊具になります」


輸送船インディアン・オーク号。1840年8月当時の北谷間切(ちゃたんまぎり)で座礁し沈没したといわれています。

片桐さん
「座礁沈没したんですけど助かった乗組員たちはここ北谷の人たちに助けられて本国に帰ることができました。そしてこの事件の顛末について詳しい記録を残しています」


インディアン・オーク号が北谷の海に沈んだという更なる手がかりを求めて、片桐さんが働く県立埋蔵文化財センターで保管されている資料を特別に見せていただきました。


片桐さん
「これはヨーロッパの船に張られていた銅板と呼ばれるものです。当時の中国や日本の船ってこういった銅板というのは貼られていないんですよ、この一つ一つの穴が釘で木造の船体に銅の板を張り付けていた証になりますね。こちらの方では刺さった状態のまま見つかっています」


こちらの一見どこにでもあるような石、実は沖縄県にない石だということです。

片桐さん
「海底ではこれが何百個も散乱している状況なんですが、これは船を安定させるために船底に敷き詰められた石、バラストと呼ばれています」


更なる手がかりが北谷町の教育委員会に保管されていました。