「明るい未来はおれたちが土台を作る」

冊子の半分以上に渡って、他府県の事例や様々なシミュレーションなども示され、琉球政府の”本気度”が伺えます。

「明るい未来は俺たちが土台作って、この戦争を体験していない次の世代に渡すという意気込みを感じた」

琉球政府が力を入れていた鉄道構想は、なぜ手が付けられなかったのか。基地の跡地利用などに詳しい国立沖縄高専・特命准教授の真喜屋美樹さんは、「あくまで推察」としてうえで、次のように述べました。

真喜屋美樹 特命准教授:
「(当時すでに)車社会になっていて、例えば自動車や道路、工事に関わる産業などを維持した方がいいという判断があったと考えられる」

当時、日本国内で道路整備や自動車販売が積極的に行われていたことなどから、復帰後の「第1次沖縄振興開発計画」に盛り込まれず、鉄道の構想が見送られた可能性を示唆しました。