先月、那覇市で5年ぶりに開催された「じゅり馬祭り」。

これまで、毎年のようにお祭りに参加していた、本部町出身で兵庫県在住の末安喜代子さんは久々の開催を心待ちにしていました。

▼末安喜代子さん「じゅり馬は、もう自分なんかはもう毎年来ていますので。私が元気な間はもうずっときますわ。こっち来たら何でも思い出ですね。また6月に来ますけどね」

三線を奏でる娘の姿と、沖縄ならではの音楽や演舞。住む場所は遠く離れていても、ふるさとのお祭りは今も特別な時間です。

沖縄から、東へ1200km。兵庫県と、大阪府との県境にある尼崎市戸ノ内町。この場所が、喜代子さんの第2のふるさとです。戦後多くの沖縄県民が働き口を求めて移り住んだ場所だと言われ、現在も街中には、沖縄の面影が残っています。

兵庫のリトル沖縄とも言われている戸ノ内地区。その歴史は、今から100年ほど前にさかのぼります。第1次世界大戦後、飢餓に苦しむ沖縄から多くの県民が海を渡り、大阪や兵庫などの阪神地区へ。当時、近くに大きな工場があった戸ノ内町には、働き口を求める多くの県出身者が移り住み、沖縄のコミュニティが出来上がっていきました。

現在の戸ノ内地区

1995年の阪神大震災では大きな被害を受け、街並みは以前と大きく変わっていますが、今なお、戸ノ内では沖縄にルーツを持つ多くの人が生活を営んでいます。

沖縄県人会園田支部 中村健次さん
「本当に沖縄の方が多くて、ルーツは沖縄にあるので。伝統・文化というのを引き継いでいってもらいたいという感じですかね」

45年にわたって戸ノ内で営業を続けている、沖縄料理屋「より道」。沖縄からやってきた人たちが毎日のように集まり、ふるさとへと思いを馳せる様子を末安喜代子さんはカウンター越しに、見つめてきました。