8月9日が「誕生日」…母・智子さんの被爆体験とは

原爆を生き延びた家族でした。戦後、弁護士から転身し市長となった田川務元長崎市長の家族写真(画像参照)。隣に写っている男の子は、当時2才の鈴木史朗市長です。

就任から3か月、鈴木市長は様々な場面で被爆二世であることに触れてきました。市長にとって“8月9日”は、生まれた時から特別な日だったと言います。

鈴木 史朗 市長:
「8月9日は私の母の誕生日でもあります。母の誕生日でありながら、母の誕生日を祝えない、そういう8月9日をずっと過ごして参りました」