中央公園の前で被爆 お赤飯を炊いていた

被爆者である両親は、今も長崎市内に暮らしています。母・鈴木 智子さん。そして、父・一郎さん。母方の祖父が田川元市長です。

鈴木 智子さん(89):
「たまたま私のお誕生日だったので(朝から)小豆ご飯を母が炊いてくれていた」

母・智子さんが住んでいたのは本紺屋町、今の中央公園前です。原爆の投下目標だった「常盤橋」の目と鼻の先でした。8月9日は満12歳の誕生日で、母が炊いた「お赤飯」の香りが家中に立ち込めていました。

鈴木 智子さん:
「ピカっとして、本棚がドーンと倒れてきた。もうちょっと右の方に寝転がってたら、本箱の下敷きになってたかもしれない」











