部員50人のノックで使うボールは「1個」

こんなシーンを覚えている。

2007年7月

2007年、夏の愛媛大会を目前にした練習で目にした「ノック」。全部員50人あまりが守備位置についていたが、使っていたボールはたったの1個。重沢監督はノックバットを肩にかつぎ、選手たちの呼ぶ声にじっくりと耳を傾けると、おもむろに、決して強いとは言えない打球を、野手と野手の間に転がしていく。

すると、その打球に対して全員が一斉に走り出す。捕球に行く者、ベースに向かう者、そしてカバーリングに入る者…。万が一のミスを全員でカバーする意識は、完全に浸透していた。

そして判断が一瞬でも遅れた者には、重沢監督の甲高い声が容赦なく刺さる。

「一球!一球!」

合言葉は「一球に集中」。研ぎ澄まされた時間の一瞬一瞬を、今目の前の仲間と同時に心に刻み込むことで、川之江は、戦う集団としての揺ぎ無い土台を築き上げていったのである。

この2年後、重沢監督は「松山商業」に異動した。

今治西高校出身で、現役時代から指導者時代を通じ「打倒松山商業」を掲げ闘志を燃やしてきた側の人間が、チーム史上初の外部出身者の監督として、伝統の「M」のマークの帽子を被り、10年余りに渡り、陣頭指揮を取った。ただ、野球王国愛媛の象徴であり「聖域」とも言えるグラウンドに立つ背中には、決意と覚悟がみなぎり、その「1球」を追求する姿勢に迷いは感じられなかった。