BSN新潟放送開局70周年企画
『#ユメファクトリー~70の夢応援プロジェクト~』
難病を患い9年前に13歳でこの世を去った男の子がいました。
当時お世話になった人たちに伝えきれなかった感謝の思いを伝えたい…。
そんな家族の思いに『ユメ』スタッフが応えました。
新潟県長岡市の田所隆さん(51歳)・邦子さん(52歳)ご夫婦。

【田所隆さん】「闘病生活の時にお世話になった方やそのとき助けてくれた方たちに、長男・侑也の感謝の気持ちとか伝えたいなと」
侑也(ゆうや)さんは9年前にこの世を去りました。中学1年生、13歳でした。
【田所隆さん】「親バカですけど、本当にいい子で。弟をいじめたのだって見たことないくらいの弟思いで…」
小学2年生頃までは、学習塾やスイミングなどの習い事も頑張る、元気いっぱいな子どもでした。ところが…
【田所隆さん】「中学年頃ですかね、分数とか約分とかそのへんが、病気の影響で解きづらくなって」
次第に学校の勉強についていけなくなっていき、小学5年生の時に学校の先生の勧めで病院に行くと、思いもよらない言葉を告げられました。
ニーマン・ピック病C型
細胞内の脂質の輸送に関わるたんぱく質の異常により発症する病気で、世界的にも症例の少ない難病です。自分の意思とは関係なく体が動く症状や、知的障害、眼球を垂直方向に動かせない、肝臓が肥大する、などの症状があります。

【田所邦子さん】「え、どうして?っていうのが先になっていて、全然受け止めることが最初できずに、その病気っていうのもよく分からなくて、先生が何を言っているのか最初は良く分からなかったです」
【田所隆さん】「自分の中では病気が悪化しているのも分かったんでしょうけど、不安っていうのは我々親にも全く言わなかった」
完治させる治療法は確立されておらず、病気の進行を遅らせるために薬による治療が始まりました。しかし…
【田所邦子さん】「検査入院で『もっと大変な病気が見つかりました』って言われて…」
難病が原因と見られる肝臓がんを発症していたのです。
中学校に入学してすぐに行われた林間学校を最後に、侑也さんは入院生活を余儀なくされました。9か月間、辛い治療に耐えて病気と闘いました。
2013年2月には外泊の許可が下り、13歳の誕生日を家族と一緒にお祝いしました。しかし、その1か月後に侑也さんは帰らぬ人となりました。
【田所邦子さん】「改めてアルバムを見るとやっぱりまた会いたいし、今更なんですけど、ウソであってほしいってのは有りますね」
侑也さんが亡くなった直後は息子の死を受け止めることができなかった母・邦子さん。しかし、ある言葉が邦子さんの胸を打ちました。
【田所邦子さん】「弟・雅也の一言で『僕も辛いんだけど』って言われたんですよ。それで『ああしっかりしなくちゃ』って思いましたね。『そうか私には子どもがもう一人いたんだ』と思って」