青森県の歴史を紹介するシリーズ、ふるさと歴史館。第55回は戦後間もなく、三八地域の人が出稼ぎで携わった捕鯨です。南極海で操業するため、一度航海に出れば半年間戻れない重労働ですが、暮らしを支えるため多くの人が働きました。



ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されている八戸市の蕪島。近くの恵比須浜(えびすはま)には明治末期から昭和の初めまでクジラを解体する場所が設けられ沿岸捕鯨の拠点となりました。

沿岸捕鯨 クジラの解体の様子(八戸市立図書館所蔵)


こうしたクジラを獲る人たちに1930年代後半から新たな漁場として脚光を浴びたのが・・・南極海での捕鯨でした。

当時は破格の給料 半年で大卒公務員の初任給1年分以上


一度、航海に出れば半年間戻れませんが、破格の給料で三八地域から出稼ぎに行く人は多くいました。
※捕鯨船に乗っていた村上石藏さん
「約25年間乗った。お金にもなったし、楽しいこともいっぱいあった」

当時を語る村上さん 捕鯨の出稼ぎ給料は当時破格だった



捕鯨船の船員手帳を今も、大切に保管しているのは八戸市南郷の村上石藏(むらかみ・いしぞう)さん93歳です。捕鯨には1947年から20年以上携わり、当初は半年間の航海で大卒の公務員の初任給1年分以上を稼ぎました。

若き日の村上さん  航海での一枚