感情を入れないように…今回「裁判に工夫」があった

――裁判員を務めた方は会見で「感情論になってしまう、そうならないような判断のコントロールに苦労した」などと話していました。そうしたコントロールは私たち素人には難しいんだろうと思うんですが。

(元裁判官 西愛礼弁護士)もちろん裁判官も、感情のコントロールは難しくて、法廷で涙を見せてしまうようなシーンもあります。ただ中立を疑われないために、感情を発しないようにみんな一生懸命努めていると思います。

 今回は有罪無罪については、感情を入れてはいけない場面だった。そのため、責任能力の中間評議で、まず結論を決めて、「その後の審議から感情的な証拠を取り調べた」という形で、裁判を工夫して、なるべく感情が入らないようにしていました。


(ジャーナリスト 立岩陽一郎氏)裁判員制度は最初のときは軽いやつでいいんじゃないかって議論あったんです。ただ、軽いやつはものすごく多く、裁判員裁判をやるなんて無理なんです。だから厳選しているわけですけれど、その結果、やはりかなり厳しい。裁判官はプロ中のプロですけど一般の人がやるわけです。

 「感情を排する」のは確かにそうなんだけど、なぜ裁判員裁判があるかというと、プロの裁判官が法律に基づいて判断するだけではなくて、一般市民との間に距離を置かないような判決を出しましょうということなので、ある程度市民の「許せない」という感情が入るのは、私は仕方ないと思う。

ただ、裁判員制度はまだ改善の余地があると思っていて、有罪か無罪を判断するのは裁判員でいいと思うんだけど、私は量刑は、やはり責任あるプロの裁判官が最後に決めるのがいいと、私は個人的には思います。