五十嵐元特捜部長 : 金丸氏が78歳の高齢で糖尿病を抱えており、健康状態に不安があった点については把握していました。

ただ、過去の高齢の逮捕者として、すでに「リクルート事件」の真藤恒NTT会長78歳、「ロッキード事件」の橋本登美三郎議員75歳などの例がありました。
また、金丸氏がこの頃、同じ竹下派の奥田敬和議員らと、1993年1月29日から2月4日まで「ニュージーランド」へ外遊。さらに2月9日から14日まで「台湾」に旅行していることから、健康状態に問題はないと判断しました。

さらに念を入れて、6日の逮捕当日は、法務省矯正局の協力を得て、東京拘置所医務部長と医務課長(いずれも医師)を呼び、検察庁のとなりの法務省矯正局総務課長室に待機してもらうことにしました。

そして逮捕直前に、この2人の医師に金丸さんを診察してもらった結果、拘置に耐えられるとの診断を得ました。

医療施設もある東京拘置所(1993年)

この2年前、特捜部が受託収賄容疑で捜査していた阿部文男議員が病院に逃げ込んだことがあった。その病院の院長らは「逮捕は無理だ」と主張し、出頭を拒否した。このとき、五十嵐は特捜部長自ら病院に出向き、詳しく病状を聞いた。その結果、病室で取り調べは可能と判断し、病院で逮捕状を執行した。五十嵐はこうした高齢の国会議員の捜査対応にも熟知していた。

世間はわかってくれたのだろうか

ーーー金丸元副総裁の最終起訴処分について1993年3月27日に記者会見がありました。わたしも会見場にいましたが、五十嵐さんの表情がちょっと硬いねと、記者同士で話した覚えがあります。

五十嵐元特捜部長 : 金丸起訴の最終処分を発表した記者会見の後、多くの記者諸君から「晴れの舞台なのに部長の表情は硬かったですが、何か感じるところがあったのですか」と聞かれました。

私の胸中は、前年の5億円処理で国民的批判を受け、ペンキを投げつけられ汚れた「検察庁」の石碑の文字が、検察の権威の失墜の象徴であるかのように、ニュースで繰り返し放映されるたびに胸を痛めてきました。

「処理の不平等」ではなく「法律の不平等」を国民は、なぜわかってくれないのか、というわだかまりがずっと消えずにいた。そうした中で翌年、金丸元副総裁を脱税容疑で摘発したことにより検察に対する逆風は止まった。
これで、立派な武器(法律)があれば、検察としては国民の納得のいく捜査処理ができるということを、世間は分かってくれたのだろうか、、、と思いました。
こんな思いが去来していたので、表情が硬かったのでしょう。今思うと、人間ができていなかったと反省しきりです。

金丸元副総裁「最終起訴処分発表」で記者会見する五十嵐特捜部長(1993年3月27日)

政治目的で捜査することはない

ーーー話は戻りますが、1992年の「第一ラウンド」、それまで秘書が対象となっていた「政治資金規正法」で金丸さん「本人」を立件したことに、政界から批判がありましたが、それについてどう思われましたか。

五十嵐元特捜部長:「5億円事件」については、それまで「政治資金規正法」を適用した事例は「秘書止まり」だっただけに、政治家本人にこの法律を適用した意義は大きかったと思います。

それだけに政界からは批判がありました。その代表格、小沢一郎氏は「当時の法律(政治資金規正法)がそういう仕組みになっていない以上、「議員本人」に対する捜査はおかしい。やるならまず、仕組みを変えるべきだ。主権者を代表していない検察官という役人の裁量だけで、「これはいい」、「これは悪い」なんて決められるのはおかしい(『90年代の証言 小沢一郎政権奪取論』」朝日新聞社・2006年6月)」と批判していました。

しかし、当時の「政治資金規正法」には、議員か秘書かを区別することなく、処罰する明文の規定がありました。また、言うまでもないことですが、起訴するか否かの権限は検察官に限られており、検察官は主権者である国民からその権限を負託され、国民に代わってこれを行使しています。

この検察官の起訴・不起訴の判断が正しかったかどうかは、「起訴の場合の『裁判所』」「不起訴の場合の『検察審査会』」によってそれぞれチェックされるのです。

これらの手続きは、すべて法律で定められていますので、検察権の行使は小沢さんら議員(立法府)によって作られた法律に基づいて運用されているわけです。

「東京佐川急便」からの「5億円」については、金丸さん本人も事実を認めており、法律と証拠に基づいて「略式起訴」したまでのことです。小沢さんの批判は、私には、「選挙で国民に選ばれた政治家を特別扱いせよ」と言っているように聞こえ、到底納得できるものではありませんでした。

ーーー翌1993年、「金丸脱税事件」の一発逆転で、検察の信頼は回復しました。自民党は初めて政権を失いました。捜査の社会的意義についてどう総括されていますか。

五十嵐元特捜部長 : 金丸脱税事件の摘発後、多くの人から「ロッキード事件やリクルート事件のとき同様に、政治と金の関係について世論の関心はかつてないくらい高まった。戦後長く続いた『55年体制』が崩壊し、自民党一党支配の政治が終わるきっかけとなった。特捜部の功績だ」との評価をいただきました。しかし、いつのときも検察が政治目的で捜査をすることはありえません。

それは結果に過ぎないことであり、政権崩壊の一因に、我々検察の捜査が影響したかを論ずる立場にはありませんが、プラスの評価を頂いたことは素直に嬉しく思います。
長く続いていた「政治」と「金」の問題、「政官財の癒着」の構造を改めて明らかにしたことに意義があったと思います。また1つの事件捜査から、他の事件の端緒を見つけて次の事件につなげて発展させていくという、非常に特捜部らしい捜査でした。

ーーーいまも「政治とカネ」をめぐる問題が後を絶ちません。どう思われますか。

政権与党である自民党の各派閥による政治資金パーティーの収入を巡って政治資金の取扱いの不透明さが改めて問題になっていますが、「政治資金規正法」には目的や理念がはっきりとこう謳われています。

<目的>
「政治資金の収支の公開、授受の規制等により、政治活動の公明と公正を確保し、民主政治の健全な発達に寄与すること」(第1条)

<理念>
「政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすること」(第2条第1項)
「政治資金の収受に当たっては、いやしくも国民の疑惑を招くことのないように、公明正大に行わなければならない」(第2条第2項)

注目すべきは、「目的」に加えて、他の法律では通常取り上げない「理念」が示されており、正面から、政治資金を巡る疑惑の防止を明確にしていることです。つまり、「政治資金規正法違反」は「単なる形式犯に過ぎない」などと軽視するべきではなく、「民主政治を脅かす重大な法律違反」として国民の厳しい目が向けられるべき犯罪ととらえる必要があります。

政治家本人に初めて「政治資金規正法」を適用した金丸事件から30年が経ち、同法の罰則も強化されましたが、いまなお政治資金絡みの疑惑が後を絶たない現状に憂いを禁じ得ません。しかし、一番怒り心頭に来ているのはこの法律(政治資金規正法)自体かもしれません。

ゼネコン汚職事件に着手

特捜部は金丸に献金していたゼネコン18社を一斉に家宅捜索し、「宝の山」を押収。これらの証拠品から、1993年6月29日の仙台市長逮捕を皮切りに、宮城県知事、茨城県知事ら自治体トップの汚職を摘発。そして建設族の中村喜四郎衆議院議員の逮捕、起訴にこぎつけた。

五十嵐はゼネコン汚職事件の突破口、仙台市長への強制捜査着手を見届けた7月初め、最高検検事に異動した。その司法記者クラブとの送別会の挨拶で、五十嵐は2年半の特捜部長時代を振り返った。

自分のことより部下の検事1人、1人がそれぞれ在任中にどんな仕事を手掛け、どんな成果を上げたのかを、メモを見ながらずっと報告されていたのが印象的だった。
汗を流した部下をねぎらう、五十嵐の心温まるスピーチが会場に響いていた。

TBSテレビ情報制作局兼報道局
「THE TIME,」プロデューサー
 岩花 光

■参考文献
村山治「法と経済のジャーナル」朝日新聞、2013年
五百旗頭真 , 薬師寺 克行 , 伊藤 元重
「90年代の証言 小沢一郎 政権奪取論」朝日新聞、 2006年

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