日本新超のペースに挑戦するか、選択を迫られたシカゴ

初の海外マラソン、初のワールドマラソンメジャースへの出場となった22年シカゴは、第1ペースメーカーが(1km)2分56秒、第2ペースメーカーが2分59秒に設定された。トレーナーは帯同したが澁谷明憲監督は同行しない遠征だったこともあり、細谷自身の判断で2分59秒ペースを選んだ。

だがペースメーカーの中間点通過が予定より46秒も遅く、30km以降は細谷が第2集団の前に出た。その時点で先頭集団に10人の選手がいたが、35kmで10位、40kmで7位に上がると、最後は6位でフィニッシュした。「ワールドマラソンメジャースで8位以内」という当初の目標は達成したが、ペース選択に課題が残ったという。
「順位は目標を達成できたのですが、後方から追い上げたのでは限界があります。2分56秒が速いと思ってしまう今の頭(意識)のままではダメだと、再認識したレースでした」。

2分56秒は2時間3分台が狙えるペース。かなりの賭けになるが、選考レースではなかっただけに、究極のペースに挑める千載一遇のチャンスではあった。しかし世界トップ選手たちに30km以降で勝負を仕掛けることができた。そこは選考レースや世界陸上、五輪などペースメーカー不在の大一番では必ず役に立つ。

前レースの東京マラソン失敗の経験を生かす

今年3月の東京マラソンでは明確に、日本新記録を狙っていた。しかし30kmまで持たなかった。外国勢が小刻みにペースを変えたり、同じ集団でも日本選手とは微妙に違うリズムで走ったりすることに影響され、いつもと違う力の入れ方で走ってしまった。

2時間4分台を狙ったレースで2時間08分10秒は、高い評価をすることはできない。だが経験ということで言えば、MGCのようなペースメーカーが付かないレースに生かせる失敗だった。前回のMGCでは大迫傑(32、Nike)が、勝負を仕掛けてくる選手にその都度反応して体力を削ってしまったことがあった。

大会2日目の取材で細谷は次のように話していた。「誰かが動いた時にすぐ反応するのか、冷静に後ろから見るのか。世界陸上ブダペストを見ても外国勢は全体的に動きが多い中で、山下一貴(26、三菱重工。12位)選手は淡々と、自分のペース守って走っていました。ああいうレースをするべきなのかな、と思っています」。

東京マラソン後はトラックレースでスピードの確認をしてきた。自己記録こそ出ていないが、それなりに高いレベルで安定していた。

マラソン練習はどうだったのか。黒崎播磨の澁谷明憲監督が次のように説明してくれた。「(同じ10月開催だった)去年のシカゴと同じメニューでやってきましたが、去年よりも余裕がありますね。行動や生活している様子にそれが感じられます。東京マラソンよりも早めに仕掛けをする選手が現れるかもしれませんが、力が外国選手たちと違いますから」。

3大会連続で2時間8分台だが、2レース連続ワールドマラソンメジャースで揉まれた経験が、細谷に精神的な余裕を持たせている。細谷はMGCのプレッシャーを最も感じていない選手かもしれない。

■MGCとは?
マラソンの五輪代表は16年リオ五輪までは複数の選考会で3人の代表を選んできたが、条件の異なるレースの成績を比べるため異論が出ることも多かった。そこで東京五輪から、男女とも上位2選手は自動的に代表に決まるMGCが創設された。MGCに出場するためには所定の成績を出す必要があり、一発屋的な選手では代表になれない。選手強化にもつながる選考システムだ。

五輪代表3枠目はMGCファイナルチャレンジ(男子は12月の福岡国際、来年2月の大阪、3月の東京の3レース)で設定記録の2時間05分50秒以内のタイムを出した記録最上位選手が選ばれる。設定記録を破る選手が現れない場合は、MGCの3位選手が代表入りする。大半の選手は絶対に代表を決めるつもりでMGCを走るため、一発勝負の緊迫感に満ちたレース展開が期待できる。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)