防潮堤問題でも進退発言
2013年2月、防潮堤問題についての単独インタビューで村井知事は進退に言及しました。
宮城県 村井嘉浩知事:
「批判を受けてこれで知事職を失うことになっても私はかまわないとそう思ってやっている。絶対に命を守ってやると、県民の命を守ると。この一点は譲らないと、そういう思ってやっていますのでいろんなご意見があっても譲ることない」(2013年2月)

政治生命を賭けて防潮堤を整備するという力強い言葉。10年が経ち、もちろん村井知事が辞職することはなく、宮城の沿岸部には計画通りコンクリートの防潮堤がびっしりと整備されました。総延長232.8キロ。例えば東京駅を起点に考えると長野駅までの距離となります。
この事業が、どれほど巨額かわかるエピソードがあります。3年前のことですが、宮城県の担当課に電話をして「宮城県の防潮堤の総事業費を確認したい」と伝えました。返ってきたのは「わからない」という答えでした。防潮堤の整備主体は、国、県、市、町と海岸ごとに異なります。さらに県の中でも漁港や農地海岸など担当が細分化しており、県全体の総事業を把握することはできないと言うのです。