代表作は国境の存在を問いかける「ビッグフット」 北京五輪の開会式で披露

6月29日から、東京で開かれている蔡國強の個展「蔡國強 宇宙遊 ー<原初火球>から始まる」には、代表作とも言える作品がある。

「大脚印 ビッグフット」。巨人の足あとを火薬で表し、宇宙の視点から国境の存在を問いかける作品だ。

32年前、ビッグフットを最初に展示したギャラリーの代表・芹沢高志は…

ピースリーマネジメント 芹沢高志 統括ディレクター
「目に見えない巨人が、目に見えない国境を全速力で疾走していく。確かに国境なんて目に見えない、あるあるってみんなが言ってるわけだけど、思ってるだけの話で。それを鮮明にこうやって見せる」

当時の蔡のインタビューがある。

蔡國強 氏(1991年4月11日放送)
「自分の魂を解放して、その無限な力とかあるいは宇宙の力とか」

この17年後、ビッグフットの構想は2008年の北京オリンピック開会式で披露された。

目に見えない巨人の足あとを花火で表現。蔡國強の名前は一躍、世界に知れ渡った。

個展が開かれている会場の一角に、特別な場所が設けられていた。蔡國強と福島県いわき市とのつながりを示すコーナーだ。

“火薬の美術家”といわき30年の絆 震災直後に桜を植えた思い

蔡といわきの関係は30年前にさかのぼる。美術家として活動していたものの、まだ無名だった蔡に、いわきの人々は無償の支援を続けた。当時は試行錯誤だった火薬画の作成に、多くの人たちが協力した。

砂浜に埋まった廃船を引き上げ、展示をしたい。そんな希望にも。廃船は「廻光ー龍骨」と題する作品に生まれ変わった。

支援の中心にいたのが当時、地元の会社社長をしていて、現在はいわき万本桜プロジェクトの代表・志賀忠重(73)だった。

志賀忠重 氏
「一生懸命な部分と、素直な部分があって、応援したくなるようなタイプだったんだね。きっと」

「地平線プロジェクト」と題したイベント。いわきの市民に導火線を1メートル、1000円で購入してもらい、5000メートルもの導火線が用意された。

導火線はビニールの袋に入れて、海に浮かべられた。そして、火は1分40秒間消えることなく海面を走り続け、火薬の炎は水平線に「地球の輪郭」を描き出した。

蔡といわきの人たちとの関係は、そのあとも続いた。しかし2011年、東日本大震災による津波と原発事故が福島県を襲った。

蔡國強 氏
「震災のニュースを見て、連絡がとれなくなったんですね。大変だと思って」

被災したいわきの人たちのため、蔡は絵を売って資金を捻出。志賀たちに送った。しかし、志賀の行動は意外なことに、桜を植えようとしたのだ。

地震から2か月後、志賀はいわきの山に桜を植え始めた。原発事故で人が遠ざかった土地に、再び人々が集まってほしいという願いを込めた。

志賀忠重 氏
「蔡さん、私が山に桜植え始めた時、まだ震災直後でしたから、『桜を植えるというのはあまりにロマンティック過ぎないですか』というようなことを言っていたんですが、なぜ万本桜プロジェクトをやってるかというのを資料見て、『わかりました。応援します』みたいな話をしました」

蔡は震災の翌年に来日。桜の山を見て、筆でイメージを書いた。できあがったのは回廊型の美術館。それに沿って建設が始まった。

1年後、完成した美術館は「いわき回廊美術館」と名付けられた。館長は蔡國強だ。

志賀が桜を植えた思いを語る。

志賀忠重 氏
「いわきは近寄りたくないような場所になってしまったというのを非常に感じたんですね。寂しい思いと、未来に対して嫌なものを残してしまったなという反省の気持ちが結構多かったんですね。桜の名所が作れたらいいなということで植え始めました」

植える桜は、目標9万9000本「いわき万本桜プロジェクト」が本格的に動き出した。

震災から12年。いま桜は4000本を数える。春になれば、いわき回廊美術館の周囲には満開の桜が咲き誇る。回廊には、子どもたちが書いた桜の絵が飾られている。

30年前、海岸から引き上げたあの廃船もいまここにある。

志賀忠重 氏
「12年経つと桜いっぱいになっちゃうね」

被災地の空に4万発の昼花火「鎮魂と希望を与えること」

アメリカ・ニュージャージー州の蔡のアトリエがある広大な敷地の中に「磐城園」と名付けられた庭園が作られていた。池や和風の建物まである。

蔡國強 氏
「日本の茶室になっています。ランプもいわきから持ってきた」

志賀たちは5年前からコロナを挟んで年に1、2回渡米し、建設を続けた。そして、池の周囲には志賀たちが植えた桜がある。いま蔡が取り組んでいるのが…

蔡國強 氏
「この色は出しにくいです。薄いピンク色。桜、美しいという感じ。しかし、火薬が爆発したらいつも濃くなって、焦げた感じもあって、どうやって薄くできるかなといつもチャレンジしています」

桜を表す薄いピンク色。震災から12年。蔡は、いわき市で「昼花火」を計画していた。「満天の桜」。どんな花火なのか?

蔡國強 氏
「鎮魂と希望を与えること。その瞬間の中にぱっと夢とつながる。理想とつながる」

6月13日、蔡がいわき市に到着。「昼花火」のボランティアスタッフが一同に会した。

蔡國強 氏
「いわき精神で、必ず、楽しく、うまくいくように頑張りましょう」

志賀忠重 氏
「大事なのは、ボランティアは他人のためじゃなくて、自分のためだというのを自覚してもらったらいいと思います。なかなかない機会ですから、きっと一生ないかな、これから先」

6月20日。蔡が「昼花火」の会場となるいわき市の四倉海岸を訪れた。

蔡國強 氏
「いい場所ですね、最高の場所です。一番いいキャンバスですね」

かつて花火で「地球の輪郭」を描いたいわき市の海。

蔡國強 氏
「海も国境も線がないですからね。宇宙から巨大なスケールからもう一回、人間の在り方を考えたらいいかな」

ボランティアが花火を固定する土嚢を作る。いわき市の海岸には、中国から届いた花火が次々と並べられていた。その数は4万発。

花火業者 
「(スケールはどうでしょう?)こんな量、見たことないです」

会場の片隅のテントの中では、ボランティアによるドローンの組立作業が行われていた。

用意されたのは500機のドローン。蔡は日本で初めてドローンを使った昼花火を行おうとしていた。

しかし、不具合から花火が暴発する事態も。刻々と時間は過ぎていく。結局、ドローン花火は断念に追い込まれることになった。

そして昼花火当日。会場に続々と人々が集まってきた。最初の「昼花火」には、自ら導火線に火をつけに向かう。

東日本大震災の犠牲者へ、鎮魂の思いを込めた「白い菊」

「3、2、1、点火!」

「白い波」。圧倒的な自然の力に対する、恐れ敬う気持ちを表した。

蔡國強 氏
「風もよかったですね、きょう。天気も良かった」