地震を治めるという「牛頭天王」 祇園祭との関係は…

 保立さんは、その自身の著書『歴史のなかの大地動乱』(岩波新書)の中で、貞観の時代、全国で続いていた大地震を治めるために「牛頭天王(ごずてんのう)」と呼ばれる地震の神様を、播磨から八坂神社に移したことが祇園祭の始まりと深い関係があると分析します。

 牛頭天王は、インドの神の化身の1つで、密教とともに日本に伝来し、神仏習合で後にスサノオノミコトと同一視されるようになり、疫病や災害などの厄難を防ぐ神様として全国に広まりました。その牛頭天王の総本宮とされているのが、播磨の国(兵庫県)、姫路市にある広峯神社です。つまり、当時の権力者が、大地の神・牛頭天皇を兵庫から京都に移すことで、頻発する地震を封じようとした、もしくは、民衆の動揺を抑えようとしたと、保立さんは推測するのです。そして、それを広く知らしめようと祭りにしたのが、祇園祭だったというのです。