◆科学的議論を離れ政治問題に

ここで「外交の品格」について論じたい。2か国の間、また複数の国々の間では当然、戦略や思惑が交錯する。ただ、「責任ある大国」を自任する中国の外交責任者が、隣国に対し、品格に乏しい言説を繰り返していいのか、とても残念だ。

中国国内向けの側面があるとはいえ、このような言動を見聞きした国民がインターネット上に、さらに過激な書き込みをする。彼らからすれば「政府がやっているのだから、叩いてよい対象には徹底的に叩いてもいい」と受け取るはずだ。

日本と中国の間には、この処理水の問題のほか、沖縄県の尖閣諸島や台湾を巡る対立、中国当局による多数の日本人拘束も続く。さらに半導体の規制といった懸案事項が横たわっている。このうち、台湾問題や半導体規制では、日本と同盟国のアメリカも、中国とせめぎ合っている。処理水問題は、日中間で科学的な議論を離れ、政治問題となってしまった。中国が手にする外交カードのうちの1枚だ。

12年前の原発事故を受け、中国は福島など10都県で採れた食品や飼料の輸入を停止している。さらに、日本が処理水の放出に踏み切れば、今度は香港政府も10都県の海産物を禁輸すると表明している。中国本土でも厳しい措置を採るだろう。

岸田首相は18日、外遊先の中東カタールで、中国に対し「科学的根拠に基づく議論を」と求めている。一方、中国は周辺国でも同調する動きを起こしたいが、そうなっていない。

日本の外務省も、日本の国民も、同じ土俵に上がっては、何の得にもならない。我々は「そういう相手(=中国)がいること」を理解し、冷静に相手に向き合おう。そして政府は国際社会にも、日本国民にもこの問題できちんと対応することだ。それが、中国の出方を抑え込む方策になるはずだ。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。