ウクライナの首都・キーウを、イルピンやブチャとつなぐ橋があった。その橋は侵攻直後にロシア軍を食い止めるために、ウクライナ側が自ら破壊したという。イルピンやブチャではその後、ロシア軍による残虐行為が行われた。5月9日、ロシア軍が撤退した後に橋を訪れたカメラが捉えたのは、市民の手で作られたであろう十字架が立ち並ぶさまだった。十字架には、玩具が供えられていた。生きるために、戦禍から逃れるために、たくさんの人々が辿ったあまりにも厳しい足跡の数々を、須賀川記者が現地からレポートする。
記者:須賀川拓
カメラ: 市川正峻
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