2年目を迎える侵攻はどこへ向かい、何をもたらすのか。プーチン大統領の思考を紐解くため、ロシアの識者2人に話を聞きました。
政権にも近いロシアを代表する国際政治学者とノーベル平和賞を受賞した人権団体「メモリアル」の幹部。2人が語る「ロシア」は全く対照的なものでした。
全2回のうち1回目

オンラインインタビューに応じるトレーニン氏 2023年2月

「ロシアの存在をかけた戦い」
プーチン政権にも近いロシアを代表する国際政治学者ドミトリー・トレーニン氏は
ウクライナ侵攻をこう表現します。

国内では愛国主義的な傾向が強まり、「特別軍事作戦」としていた侵攻が「祖国戦争」へと変容する可能性があるといいます。ロシアが西側の一員を目指した、「バージョン1.0」が終わりを迎え、「ロシアの精神」に沿ったシステムに移行していくと主張します。

「核兵器使用の可能性も ”ロシアの存在かけた戦い”」

「すでに去年の3月以降、当初の想定と実際の状況とがかけ離れていることが明らかになり、『特殊軍事作戦』が本格的な戦争に向けて変わり始めました。いまこの時もその方向に変わり続けています。現時点ではウクライナとの大規模な戦争であり、それに関与するアメリカやNATO加盟国との間接的な戦争です。さらにこれはロシアとNATOの直接的な紛争の方向に進んでいます。ロシアの指導者、ロシアの社会はそれに備え始めています」

「NATOとの直接衝突の危険性は日に日に深刻になっています。ウクライナが長距離ミサイルや西側の戦闘機を受け取った時のことを考えてみましょう。例えば、戦闘機がNATO加盟国の飛行場から飛び立つならば、これらの飛行場は攻撃対象になるとみられ、ロシアとNATOとの直接的衝突、武力紛争につながります。また、長距離ミサイルでクリミアやロシア領土の深くまで攻撃された場合、反撃はウクライナだけでなく、ミサイルを供与した国やウクライナ兵を訓練した国にも及ぶでしょう。これは深刻な事態になります。私たちはまだ時間があるうちにこんな将来について深く考えるべきです」

「もちろん、ロシア指導部のレッドラインが何であるかはわかりません。私の意見ではラインは実際に存在します。しかし、私が確信しているのは、ロシアはこの戦争に負けるという選択肢はありません。ウクライナにおけるロシア領土、つまり4つの地域(※ロシアが去年9月に一方的に併合を宣言したドネツク州、ルハンシク州、ザポリージャ州、へルソン州)に配置されているロシア部隊や、長い間ロシアとなっているクリミアそのものを脅威にさらす西側の行動をめぐり、ロシア指導部にはある一線があり、それを越えれば、NATO加盟国の領土を攻撃すると思います。これは様々な種類の武器で攻撃できることを念頭に置く必要があります」

4州併合を一方的に宣言するプーチン氏 2022年9 月

核兵器の使用にまで及ぶ可能性はあると思います。少なくとも第1段階では、戦略核ではなく、戦術核になると思われます。 戦術核を使う際、標的となるのは、軍事施設、軍事基地、飛行場、ウクライナに西側の武器を供給する拠点、司令部などになる可能性があります。 これらを破壊するために戦略核兵器を使用する必要はありません。しかし、核の『しきい値』を超えた場合、私たちはまだ限定核戦争を行ったことがないため、核兵器の使用後に何が起こるかは誰にもわかりません。 私たちはまったく未知の空間に入っていきます。 何が起こるか、誰も確実に言うことはできません」

「核兵器を絶対に使わないと事前に表明してしまえば、誰も恐れなくなります。特定の状況で核兵器を使用する準備ができていることを示さなければなりません。いまのウクライナ危機をみれば、ロシアにとって極めて重要な地域における、安全保障への脅威を封じ込めるために核抑止力が無力であることを示しています。米国とその同盟国は、ロシアに戦略的敗北をもたらすという目標を設定しました。核兵器がロシアの戦略的敗北を防ぐことができなかった場合、何のために核兵器を持っていたのかという疑問が生じます。 ロシアの敗北は論外として、ロシアがウクライナでの主要な目的(※政権が掲げる「ウクライナの中立化」「非武装化」「非ナチ化」など)を達成しないという選択肢はありません。戦略的成功を達成するために努力します。この紛争におけるロシアの利害は、アメリカよりもはるかに大きいのです。ロシアの安全保障はその結果に直接依存しており、ロシアの存在さえもウクライナでの紛争の結果に依存している。アメリカの場合、それはリーダーシップや名声といったものにすぎません。アメリカ自体の存在、あるいは安全保障についてではありません」

「2014年のマイダンのクーデター後(※ウクライナで親ロシアのヤヌコビッチ大統領が退陣に追い込まれた大規模抗議活動、プーチン政権はクーデターとみなしている)、ウクライナがますます大きな脅威をロシアにもたらしたということです。 軍事的かつ政治的な脅威です。1962 年の『キューバ危機』(※ソ連によるキューバへの核兵器配備をめぐり米ソが核戦争の瀬戸際までいった出来事)でアメリカが感じたであろう脅威と比較することができます。さらにいえば、1941年のナチス・ドイツのソ連侵攻時と同じようにロシアという国の存在を失うのではという脅威があるのです。 プーチン氏からすれば、西側にとってウクライナの価値は、ロシアとしての存在を損わせる、または損なわせる能力を持っているということになります」