防空壕には手術室や天皇の写真を奉る奉安殿も
当時は通路にも工夫が施されていたと佐藤さんは話します。

江沼地方史研究会 佐藤公男さん「松の木の支柱が両サイドにあり上にも板がかぶせてあった。足場も板がかぶせてあって非常に歩くのは快適だったが、今はその支柱は取り払われて、ない」
地下壕の支柱は戦後の燃料不足の中で、病院内の暖房に使用するためにすべて取り払われました。

土や岩がむき出しとなった通路をさらに奥へ進むと幅3.5メートル高さ2.8メートルの広々とした空間が現れます。

壁面には、四角く掘られた一角が。
江沼地方史研究会 佐藤公男さん「これが奉安殿。天皇皇后の写真と教育勅語の謄本を入れた奉安殿をここに避難させるために作った。わざわざ一段高くしてある。見方によっては、地下壕を作った目的の一つが奉安殿を空襲から守るという意味合いがあったのかなと」
地下壕では傷病兵の応急手当もしていたと考えられています。
江沼地方史研究会 佐藤公男さん「正面に医療に必要な器具類が置いてあった。したがってここは診察室だったんじゃないか。兵隊さんの中には重傷患者もいる。この簡単な施設の中で手術らしきもの・手当てをしたと思われる」














