「次々殺された。私たちの目の前で」

衣山さんが生まれたのはフィリピン、ミンダナオ島のダバオ市郊外、ミンタルという町で、当時、多くの日本人が住んでいました。衣山さんの祖父がフィリピンに渡り、日本人学校を作るなど、現地の人と良好な関係を築きながら暮らしていました。

しかし、太平洋戦争が始まると状況は一変します。

衣山さん「学校から『外を一切見るな』と、誰かここに人がいると言ったら鉄砲を打ち込まれたりするから『絶対に外を見るな』と言われて」

当時、衣山さんは7歳。小学校1年生でした。「見るな」と言われた校庭で、衝撃の瞬間を目の当たりにしたといいます。

衣山さん「縛られてきたフィリピン人のお父さんたちが次々殺されるんです。私たちの目の前で」