無傷だった夫「子どもたちが迎えにきたよ」
原爆投下時は無傷だった夫も体調が悪化し、9月9日に息を引き取りました。

「『千代子ね、おばあちゃんと子どもたちがみんな迎えに来たよ』って言ったんです。そしてポーっと顔が赤くなって、嬉しそうな顔をして息を引き取ったんです。本当…『一緒に連れて行ってください』って、泣いて泣いて…泣き明かしましたけどね」
毎日が8月9日のような気がする

「人間が人間をどうしてこんなに虫けらのように殺すのか。子どもたちは何にも知らない。『お母さん』の『お』の字も言わない間に、真っ黒い炭になってしまって灰になって」
「私は、原爆の話をする皆さんの話を聞きながら、人間の親として、一人の子どもを病気で死なした人でも自分が死ぬまで忘れないのに、5人も6人も…人間の手で殺されたのかと思えば、戦争が憎らしくて憎らしくて。何とも言えない。本当、45年、毎日毎日が8月9日の様な気がするのです」(1990年取材)














