12歳の大舞台「アーティストとしての始まり」のはずが…

※木村仁星さん
「JOC(ジュニアオリジナルコンサート)という作曲のコンクールがありまして、『異邦人とサーファーボーイ』という曲を作って、ありがたいことに全国に行く機会をいただいて、渋谷にあるオーチャードホールで演奏をさせていただきました。プロのバイオリニスト、ドラマーとご一緒させていただいて、『これが僕のアーティストとしての始まりなんだな』と、いま振り返ると思います」

しかし、その後の学生時代はピアノよりもパソコンにハマり、プログラミングを学ぶために神奈川県の大学に進学した。就職先もITのベンチャー企業だった。

※木村仁星さん
「最初にウェブエンジニアをしていたのは5年ぐらいですかね。その後は、いまAIで有名な東京大学の研究室でAI系のコンサルティングを始めて、あとは法人向けの共同研究部門の立ち上げをして…。そういった仕事をさらに5年ほどやっていました」

さらにキャリアを重ね、自分の会社も立ち上げた。そんな中、過去に何度か共演していたピアニストの兄からの誘いがきっかけで、本格的にアーティストとして活動を始める。