映画にも演劇にもない「捨てカット」
大山 僕は捨てカットといってたけど、カメラが次に撮りたい対象の前まで移動する間に、どうしても、そこへ行く間をつなぐための別のカットを入れなきゃいけないでしょう。これを「捨てカット」と呼んでいたんです。これには非常に苦労してね。どういうカットにするかは演出のポイントになることもありますよね、このカットは省けないわけだから。
でも、そのうち「捨てカットは妙に面白い」と、僕の中でも気づき始めて。そのことが、日常性をそのまま撮っていくという、ドキュメント的なものになっていくわけです。非日常と日常で言うと、選ばれたヒーロー・ヒロイン、美男美女の世にも珍しい物語。それを型として見せるのが、ドラマにおける非日常であると、何となくそういう認識がありました。
「日常性を描くなんて、ドラマじゃないぞ」と言われたのが一般的な常識でしたが、捨てカットこそが意外に面白いと気づき始めて。むしろ、それを生かそうというのが、僕はチャイエフスキー※ の精神だったと思うんです。
※ アメリカの劇作家、脚本家、小説家
だから、捨てカット、本当に余計なものだったり、洗練されてない、そんなのいらないんだよっていうカットが、実は大事だし面白いと。ということは、登場人物の選び方もそうであって、ヒロインよりも、ヒロインのちょっと脇にいる男とか、事件も大したことのない事件。1億円をだまし取る話よりも、10円をくすねる話が実は面白いという、非常に身近にある材料や人物、そういうものを徹底的に追及していく。
それこそが、映画も演劇もなし得なかった一つの表現の世界で、これが実は面白いんじゃないかって、うすうす気づき始めていた頃に、そのチャイエフスキーにぶち当たって「あ!これだ」と思ったんです。山田(太一)さんも、早坂(暁)さんも、倉本(聰)さんも、向田(邦子)さんもそうで。「ああ、そうだ。日常をどんどんどんどん追求していくと、一つの別の面白い世界があるんだ」と。
山田さんが、ある舞台のパンフレットに書いてらっしゃいますけど、チャイエフスキーを読んだ時に興奮して「ああ、こういうことだったんだ。これなんだ」つってね、もう眠れなくてぐるぐるぐるぐる家の周りを歩き回ったんですって。
ものすごくよく分かります、その感じ。「ああ、こういうことだったんだ。テレビには、今までにない何かがあるはずだと思っていたけれど、ここに一つの鉱脈があったんだ」と。チャイエフスキーの、日の当たらない人物に焦点を当てることであり、事件もたいしたことは扱わない、それこそ10円をくすねる話を丁寧にやる。しかも会話は、日常会話を盗み聞きしたような会話。しかし、心理的には深く描く。これをチャイエフスキーが言ってるんだと。こういうことを、僕は山田さんとも、早坂さんとも、倉本さんとも、向田さんとも、何となく話し合ってたような気がするんです。
その意味で、山田さんと組んだ金曜ドラマや、そのあとに続く作品でも、ずっとこの考え方がポイントになっている気がしますね。
富士山を描くときに、見事な頂、鋭い頂を持つきれいな山だというのを、どう立派に描くかが従来のドラマだとすれば、裾野の方の「こんなとこ、ドラマにならんよ」って言われたところを、ほじくってみると意外においしいっていうか、誰も触ってないけど、面白いっていうことに気づいて、それを一生懸命ドラマにし始めた。そのことで、70年代後半にかけて、テレビドラマがバーッと成熟した時期がありましたね。
久野 やっぱり「岸辺のアルバム」(1977)から…
大山 そうですね、それから「夢千代日記」(1981年、NHK)、「北の国から」(連続ドラマとしては1981〜1982、フジテレビ)、それから向田さんの「幸福」、「家族熱」※ というのもやったんだけど、暗黙の中にそういうものが、やっぱりテレビドラマのポイントだっていう気がしてたんですね。
※ 1978年7月7日~10月6日、金曜22時~22時:54分。脚本:向田邦子、制作:大山勝美、鈴木淳生、演出:服部晴治ほか、出演:浅丘ルリ子、三國連太郎、三浦友和ほか。















