青森県の歴史を紹介するシリーズ「ふるさと歴史館」。
第89回は、戦時中から戦後復興期にかけて発展した上北鉱山です。
①廃墟のようになった“集落の消えた鉱山” 施設の跡地
②最盛期には3500人以上が暮らした鉱山の集落
③人々がこよなく愛した“鉱山の街”ならではの暮らし
④“神風鉱山”の異名も 銅の1か月産出量が1400トン超もあった上北鉱山
⑤“鉱山の街”で目の当たりにした戦時下の窮地「忙しかった、鉱山は…」
⑥生産体制月2万トンに 全国出荷で高度経済成長の建設ラッシュにも貢献
⑦「水道・電気・畳も無料」鉱山にいれば生活に心配することはなかった
⑧四季折々 様々な楽しみがあった“鉱山の街”
⑨資源は枯渇・従業員も減少… そして「閉山」へ
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山あいに“鉱山の街”が築かれ、最盛期には3500人以上が暮らしましたが、閉山とともに集落は姿を消しました。
※2025年10月29日に「わっち!!News」で放送した内容を記事化したものです。
【取材協力】
野村不二男 氏、上北鉱山の会、県立郷土館、県近代文学館、川村昭次郎 氏、川村英明 氏














