“鉱山の街”で目の当たりにした戦時下の窮地「忙しかった、鉱山は…」

鉱山で働く親に連れられて、1944年、国民学校2年から暮らし始めた野村さん。
母親を迎えに行くため、鉱物を選別する場所に入った時、戦時下の窮地を目の当たりにしました。

中学校卒業まで上北鉱山で生活 野村不二男さん(89)
「(戦時中は)女性が5人いれば、男性は1人。父親は兵隊に行っているから、奥さんがかわりに働いた。忙しかった、鉱山は。だんだん物が少なくなっているから」
戦争が終結すると訪れたのは、復興需要の高まりでした。














