競技人生を切り拓いた「最後の絞り出し」
大学時代に目立った成績のなかった平山が、コニカミノルタに入社できたのも、ラストの強さがあったからだ。「学生時代もスピードには結構自信がありました」と平山。今のように“崩れない動き”で出すスピードとは違ったかもしれないが、ラストの動きが宇賀地監督の目に留まった。3年時12月の日体大長距離競技会10000mで28分50秒65と、平山が自身初の28分台を出したレースだった。
「もともと同郷(栃木県)の選手で気にかけていましたが、日体大では流れとしては良くなかったのに、最後の叩き合いで28分台を出したんです。今回のハーフもそうですが、コニカミノルタが信条としている“気持ちを前面に出す走り”で、最後の絞り出しをしていました」
その時点でスカウトしたわけではなく、コニカミノルタの合宿参加を打診した。大学2年時に5000mで13分台(13分59秒81)を出したときから、平山は実業団入りを考え始めていた。平山の方が入社を「懇願した」というが、宇賀地監督も平山の練習姿勢に将来性を感じた。
「荒削りで鍛える余地がたくさんありました。当時の彼にとってはやったことのないトレーニングばかりで、毎日がレースのようにキツかったと思います。それでもあきらめることなく、先輩選手たちに食らいつく走りをすることは、強みになると思いました。もう1つは上手くいかなかった時に他責にせず、自責として受け止めていたこと。そこは成長する要素です」
それでも入社2年目の25年前半までは、28分台すら出せなかった。自身2度目の28分台が昨年11月の八王子ロングディスタンスだが、タイムは28分44秒65とまったく目立たないレベル。だがそこから上昇に転じ、前述のようにニューイヤー駅伝、ハーフマラソン2連勝と好成績を続けている。平山自身は好調の要因を次のように話す。「環境に慣れて主体的に考えられるようになり、監督と意見のすり合わせを密にできるようになりました。今10000mを走れば27分台は出る手応えがあります」。
当面はトラックで記録を伸ばし、以前から「競技人生の最大目標」と位置付けていたニューイヤー駅伝での活躍を目指す。その過程で記録が上昇すれば「自然と目線が上がって行く」(宇賀地監督)ことが期待されている。

















