女子スピードスケート界を長年けん引し、10月に地元・長野県で引退レースを行った小平奈緒さん(36・相沢病院)に高橋尚子キャスターがインタビュー。小平さんの原点、そして“セカンドキャリア”のスタートを聞いた。
“夏季・冬季五輪の金メダリスト”が語る
2000年シドニー五輪女子マラソン金メダリストと2018年平昌五輪スピードスケート女子500m金メダリストの最初の会話はアスリートならではのものだった。

高橋キャスター:
私も現役引退した後すごく覚えているんですけど、毎日ずっと40kmくらい走っていたので、終わった次の日から1か月くらいは毎日夜、深夜に足がつるんですね。エネルギーが外にでなくて、なんか悶々としちゃってたぶん伸びたり。
小平奈緒さん:
わかります。筋肉がうずくというか(笑)
高橋キャスター:
うずきますよね(笑)
小平さん:
力を入れたくなるというか。私も毎日運動っていうんですか、練習が日常生活に入っていたので、それがいきなりなくなって、不思議な感覚でしたね。

“アスリート・小平奈緒”の原点
世界の頂点に立ったアスリート同士、高橋キャスターは冬季五輪で3つのメダルを獲得した小平奈緒選手の原点について切り込んだ。
高橋キャスター:
2歳からスケート始めて自分の人生がここで変わったなっていうターニングポイントはありますか?
小平さん:
一番は中学校1年生の時に初めて全国大会に出場したんですけどその時に父親が普通の親だったら「良い結果出るように頑張ってこいよ」っていうような事を声かけると思うんですけど、「友達をたくさん作ってこいよ」って送り出してくれたんですよ。
私にとってすごく大きな一歩で、父親のその一言で全国大会でどんなタイムを出すかよりは北海道の強い子と何人友達になれるかっていう目標にすり替わって、人とのつながりを持てっていうことだと思うんですよね。それが何よりの財産になるっていう、そのきっかけが中学校1年生だったなっていうふうに思います。
高橋キャスター:
スケートをする上で今の人とのつながりもですけど、モチベーションの原点になった部分はどんな想いですか。
小平さん:
“知る”を楽しむっていうきっかけを作ってくれたのが父だったので、父は本当にスケートの事を何も知らないようなド素人で。スケートの教科書もない中で全日本の大会があったら「本物のアスリート選手たちを見に行こう」って実際に車を走らせて見に行って。
「速い選手はどうなっているね、こうなっているね」っていう話を父としながら、観察しながらやってみたっていうのが“知る”を楽しむっていうことのきっかけになって、その後のスケートに打ち込むモチベーションになっていったのかなと思います。