歩道上の木を切らなかった理由は…?
阿沼美神社の田内逸和 宮司は、母親から聞いた話として次のように話してくれました。

(阿沼美神社 田内逸和 宮司)
「区画整理の際に、神社の敷地はあの木から離れることになりました」
田内宮司によると、もともとあの木は神社の敷地内にあったとされるが、区画整理の際に敷地が変更されたことで、分断されたといいます。
さらに…
(阿沼美神社 田内逸和 宮司)
「このあたり一帯は空襲でほとんど焼け落ち、この神社の本殿も建て替えています。そんな悲惨な空襲の中でもこの2本の木は焼けませんでした。こうしたことがあるので、町の人が木を切ることに反対したのではないでしょうか」
松山市によると、2本の木は樹齢300年を超えているということです。
そして、1977年に松山市の「保存樹木」に指定され、市の所有物として保全・管理されています。
(味酒公民館 渡部清 館長(74))
「あれだけ大きな立派な木だから、残したんではなかろうかと」

戦後80年。
空襲を乗り越え現代に残されたチシャの木は、今もこの地に暮らす人々の日常に根付いています。














