衆参両院で少数与党に置かれた状況を踏まえ、就任会見(冒頭の写真)で「困難な船出」と語った高市早苗内閣総理大臣。その船出からの1か月を振り帰りつつ、高市政権がこれからどこへ向かおうとするのかを、永年にわたって日本政治をウォッチしてきた星浩氏(TBSスペシャルコメンテーター)が占う。
高市早苗政権の誕生(10月21日)から1か月が過ぎた。初の女性宰相の誕生に世論は好意的な反応を見せ、外交デビューではトランプ米大統領と友好的な関係をアピール。中国や韓国との首脳会談ではタカ派色を封印し、現実路線を前面に出した。
だが、台湾有事をめぐる国会答弁で自衛隊が出動する可能性を示唆、中国側の反発を招いた。一方で物価高や格差拡大など深刻な内政問題は解決の方向が見えてこない。
政権の先行きには多くの難題が待ち受けている。政治、外交、経済の視点から高市政権の行方を占ってみよう。
自民・維新に連立組み替え
高市政権の発足では大きな波乱があった。自民、公明両党は1999年から26年間、連立を維持してきた(2009~12年は野党に)が、高市政権の発足に当たって公明党側が連立からの離脱を決定したのだ。
公明党の斉藤鉄夫代表は、自民党総裁に就いた高市氏が政治資金の規制強化に具体策を示さなかったことが連立離脱の理由だと説明。高市総裁が自民党の幹事長代行に裏金事件に関与した萩生田光一元経済産業大臣を起用したことなども、離脱判断の一因となったという。
もっとも、離脱の背景は単純ではない。自民党派閥の裏金事件が23年秋に発覚して以来、自民、公明両党は24年秋の衆院選、25年春の東京都議選、同夏の参院選と立て続けに敗北。公明党とその支持母体の創価学会では「自民党の不祥事のせいで公明党が大きな被害をこうむった」との不満が募っていた。
さらに、創価学会の池田大作名誉会長が23年11月に死去したことも、公明党の政局判断に影響を及ぼしている。公明党の国会議員は「池田先生を国会で証人喚問するといった自民党の攻撃から守るのが我々の使命だ」と語っていた。自民党との連立も「池田氏を守る」手段だったのである。
その池田氏が亡くなって、公明党からは「自民党に気兼ねせず、平和や福祉など公明党の独自路線を打ち出すことが出来る」という反応が出るようになった。自民党との連立離脱には、そうした事情も絡んでいる。
公明党に代わって自民党との連立に加わったのが日本維新の会だ。
高市総裁から連立入りの打診を受けた維新は、政治資金改革の目玉として企業・団体献金の廃止と社会保険料の引き下げの実現を要求。自民党は社会保険料の引き下げは検討するものの、企業・団体献金の廃止には応じられないという姿勢を見せた。
その結果、維新側は要求の内容を変更。国会議員の「身を切る改革」として、衆院議員の定数(465)の1割程度を削減することを求めた。自民党は維新側の要求を受け入れ、衆院議員の定数を削減するための関連法案を臨時国会に提出し、成立をめざすことなどで合意した。
自民、維新の連立政権が誕生したが、維新は閣僚を出さない「閣外協力」にとどまった。維新の衆参両院議員は10月21日の総理大臣指名選挙で「高市早苗」と書き、一部の無所属議員も同調して高市氏は衆院の第1回投票で過半数を獲得。初の女性総理が誕生した。
表向きの政策協議とは別に、自民党との連立に傾いた維新側の事情も見逃せない。
24年の衆院選で、それまで大阪を拠点としてきた維新は全国展開を狙い、289の小選挙区で163人の候補者を擁立。ところが、140選挙区では敗退(15選挙区では比例復活で当選)した。落選した候補者のほとんどは自民党候補と競合している。
自民党と連立を組むことになれば、落選者は次の衆院選での立候補を見送らざるを得なくなる。維新の執行部にとっては、「連立」を理由に落選者を切り捨てるのかどうか、厳しい判断が迫られる。
維新がこだわる衆院議員の定数削減は、野党側だけでなく自民党内にも慎重論が強く、臨時国会での関連法案提出と可決、成立は見込めない。このため、自維両党の実務者が話し合った結果、定数削減は与野党間の協議を経て26年中に結論を出すことで合意し、早々に先送りが決まった。
さらに次期衆院選に向けた自維両党間の候補者調整は難航必至で、自維連立の足元を揺らしそうだ。














