「頑張ってね」優しい言葉が米村さんの妻を壊していく
米村さんは葬式から3日後に仕事に復帰した。
復帰しなければいけない状況だった。
妻と一緒にスーパーの中で対面式の鮮魚店を営んでいた。
来客数も多く、妻と仲の良い客もたくさんいた。
米村さんの妻はずっと仕事に出ることができなかった。
半年以上経って、仕事に来るようになった。
そして、何が起きたか。
米村州弘さん
「優しい人たち、ちいちゃんのお母さんと仲がいい優しい人たちが、優しい言葉で、優しい気持ちで、優しい態度で妻に語りかけます。『大丈夫?頑張ってね』って。色々な優しい言葉をかけてくれます」
米村さんの妻は人前なのに、ボロボロ泣きながら「ありがとうございます」と言った。
1人の人が1週間に1回、月に1回でも、1700~1800人の人たちが出入りするスーパーだった。
それがずっと続いた。














