「八月の声を運ぶ男」「あんぱん」が伝えた「戦争」
影山 これも語らなきゃいけないのは「八月の声を運ぶ男」(NHK)です。
倉田 被爆者の声を拾っている方がいらっしゃったということに驚きましたし、被爆体験を語れる方がどんどん亡くなっている中でこういう作品がつくられたことに意味があると思います。
いきなり「あなたの被爆体験を聞かせて下さい」と言われても、すぐには語れない方の心境も考えさせられました。被爆して10年、20年では語れなかったけれど、60年、70年、80年たってようやく語れるようになるというのもそうだろうなと感じます。
田幸 被爆されて「徹子の部屋」にも出演された森田富美子さんという方を何度か取材しているんですが、やはりご自身の話は90歳ぐらいになってようやく語れるようになったとおっしゃっていました。それまでは取材中、戦争の話になると止まっちゃうんです。「もうこれ以上、話しません」としっかり言われる。それぐらい当事者にとって語るのは大変なことなんだと思います。
影山 「あんぱん」(NHK)も戦争をしっかり描いています。しかも、日本人は被害者であると同時に加害者だということをきちんと伝えて、これは特筆すべき点です。
倉田 主人公の幼なじみが中国の子どもに殺される場面があるんですが、その子どもは日本兵に両親を殺されていて復讐のためなんです。実際に日本兵が中国で人を殺していた史実をちゃんと描いている。
「自虐史観」とよく言われますが、自虐ではなく事実は事実として日本がやった負の側面も受けとめないと、そうならないためにどうすればいいか考えることもできない。史実をちゃんと受けとめることが大事だということを、朝ドラという日本人にとって身近な媒体で描いたのはすばらしいと思います。
田幸 重要なのは、当時としては主流だったはずの軍国主義に加担した側を主人公に置いたところで、これまでの作品と大きく違う画期的なことだと思います。
朝ドラのつくり手の中では「戦争など暗いターンが続くと視聴率が下がる」と、ジンクスのように言われてきたという話を聞いたことがあります。でも「あんぱん」は、戦争の気配から後まで全部合わせると10週じゃおさまらない。さらに最終週までずっと戦争のにおいがあります。こんなに長い尺を使って戦争を描いた朝ドラはこれまでなく、そこがすばらしいです。
最終週で、アンパンマンのライバルのばいきんまんが登場します。実は、ばいきんまんの存在は重要で、アンパンマンはばいきんまんを倒すけど命は奪わない、これが大事だとやなせたかしさんもおっしゃっています。完全に倒しちゃだめだと。
体の中にはいい菌も悪い菌もいて、それが戦っているのが健全な状態。社会も同じで、完全に排除してはだめだと。みんなが同じ方向を向いてしまったら社会が危うい状態になると、やなせさんもずっとおっしゃっていて、その象徴がばいきんまん。最終週にそういう重要なメッセージもあって、朝ドラという多くの人が見る枠でこれをやった意義を改めて感じました。
最後にもう一本、「照子と瑠衣」(NHK BS)。これは映画「テルマ&ルイーズ」(1991)をモチーフにした作品ですけど、70代女性を主人公にしたのはこれまでの連ドラになかった試みです。
プロデューサーにお話を伺ったところ、ドラマでの高齢女性は「おばあちゃん枠」という役割で登場することがほとんどなので、その流れに抗して70代女性を主人公に据えたとのこと。しかも、プロデューサーのお二人も定年退職したばかりの60歳で、いろんな希望を感じさせる作品でした。
高齢の方を「おばあちゃん」「おじいちゃん」という記号ではなく、これからも人生が続いていく一人の人間として描く作品が今後たくさんつくられるといいなと思います。
影山 60代、頑張らなきゃいけませんね。励まされました。
(了)
<この座談会は2025年10月3日に行われたものです>
<座談会参加者>
影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト。
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職。
朝日放送ラジオ番組審議会委員長。
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員。
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など。
田幸 和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て、フリーランスのライターに。役者など著名人インタビューを雑誌、web媒体で行うほか、『日経XWoman ARIA』での連載ほか、テレビ関連のコラムを執筆。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『脚本家・野木亜紀子の時代』(共著/blueprint)など。
倉田 陶子(くらた・とうこ)
2005年、毎日新聞入社。千葉支局、成田支局、東京本社政治部、生活報道部を経て、大阪本社学芸部で放送・映画・音楽を担当。2023年5月から東京本社デジタル編集本部デジタル編成グループ副部長。2024年4月から学芸部芸能担当デスクを務める。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。