「録音テープ」をマスコミに公開
水面下で捜査を進めていた東京地検特捜部政界ルート「特命班」のキャップの粂原研二(32期)は、新井の動きをこう見ていた。
「特捜部の特命班が各証券会社に『捜査関係事項照会書』を出した頃から、新井には、その旨の情報が証券会社から入っていたと思う。新井は、特捜部の捜査が自分に迫っていることを察知し、日興証券新橋支店の西田名義の口座のことが、発覚しないかどうか気をもんだようだ」
「特捜部のことを不快で恐怖に感じたと想像する。自分が摘発されないで終わるなら、それに越したことはないので、関係者に口裏合わせなどを働きかけても不思議ではなかった」
こうした状況下で粂原が心掛けていたことがある。
「口裏合わせなどの証拠隠滅工作は、それが発覚した場合には、逆に捜査側の証拠関係をより強化することになる。よく内偵捜査中に、銀行捜査や重要人物の取り調べをすると『通謀』や『証拠隠滅』をされる恐れがあるからやりたくないなどという捜査員がたまにいるが、そんなことを言っていたら捜査などできない。『捜査関係事項照会書』を出しただけで、相手に伝わることは当然の前提にしなければならない」
「情報漏れの心配があるなら、銀行等へ直接行って自分でコンピュータを操作し、履歴を取るしかないが、そうしたところで、誰の口座を調べたのかは、確認すれば分かってしまうから、結局は同じこと。大事なのは、メール等が削除されないよう、取り調べのタイミングや場所などを考え、創意工夫して捜査を展開することだと思う」(粂原)
さらに新井は、「日興証券新橋支店」の「西田口座」が、特捜部の捜査対象になっていることに気づいたのか、同社役員に電話をかけ「要求の有無について」こう確認したとされる。
「私の取引は、あくまで通常の委託注文によるものであり、利益供与を求めたことは一切ありません」
だが、そのやり取りには裏があった。
特捜部によると新井は、会話中に役員の発言を“阿吽の呼吸”で巧みに誘導し、しかもその会話を密かに録音していた。「利益提供の要求」の事実を隠すために「8回」にわたって、日興証券の元副社長や、H元常務らに「正規の取引であって、要求はされていない」ことを言わせるよう、会話の録音を試みていたという。
そのうえで、亡くなる前日、1998年2月18日に記者会見を開き、この「録音テープ」を筆者らメディアに公開。内容の「反訳書」(文字起こし)の要約メモを配布し、“自らの潔白”を訴えた。
「正規の商いなんですよ」という日興証券役員の声は、たしかに入っていたが、「無理に言わせた感」が免れない印象があり、会見に出席した記者の受け止め方は、冷ややかだった。

