一連の総会屋事件や大蔵省接待汚職の捜査の渦中、新たに浮上したのが、新井将敬 衆議院議員の証券取引法違反事件だった。東京地検特捜部の取り調べに対し、新井は一貫して容疑を否認。政治生命を懸け、検察権力に真っ向から対峙した。
しかし特捜部は、たとえ本人が否認を貫いても立件できるーーそんな確信を徐々に強めていく。その背景には、新井による“証拠隠滅工作”、日興証券役員らの「自白」が積み重なりつつあったからだ。
とりわけ、企業オーナーから「出資金」として託された「1億円」が無断で株取引に流用されていた事実は、捜査を大きく前進させた。否認を続ける国会議員に対し、特捜部はいかにして容疑を固め、包囲網を狭めていったのか。
当時の捜査関係者の証言や取材記録をもとに、封印されてきた水面下の攻防を紐解く。
手の込んだ“証拠隠滅工作”
一連の総会屋事件、大蔵省接待汚職事件を通じて、司法記者クラブ加盟15社は熾烈な取材競争を繰り広げていた。なかでも検察取材に圧倒的な強さを誇っていたのが朝日新聞だったが、その牙城を崩すかのように、満を持してスクープ記事を放ったのは読売新聞だった。
1997年12月22日未明、筆者は本社の泊まり記者から一本の電話を受けた。
「読売の一面トップにこんな記事がでています」
見出しにはこう躍っていた。
「日興証券 新井議員に利益供与、一任勘定で4,000万円 証券取引法違反の疑い」
記事はこう伝えていた。
『日興証券が新井議員の要求に応じる形で、1996年6月まで25回にわたり、同社が自己売買で得た「4,000万円」を新井の「借名口座」に付け替え、東京地検特捜部が証券取引法違反の疑いで強制捜査する方針を固めた』
新井はすぐさま議員会館で記者会見を開いて反論した。
「担当者から不正な取引があったと聞いた。それを要求したこともないし、知る由もなく、まったく普通の取引をしていつもりだった」
「日興証券」からの利益提供を受けたことは認めたが、自ら「要求したこと」については否定した。
新井将敬事件の捜査情報は、その後も読売新聞が他社をリードした。追い打ちをかけるように翌12月23日、再び朝刊一面トップでこう伝えた。
「株取引の利益は、新井議員から日興証券に要求」
新井が日興証券役員に対し、株式売買による「利益を要求」していたことを詳細に報じていた。前回の記事でも触れたが、1990年頃、新井は熱海で高級旅館などを経営するレジャー開発会社のHオーナーに、衛生放送ビジネスへの出資話を持ち掛け、「1億円」を預かった。「WOWOW」が持っていたチャンネルを分割利用し、高音質の音楽を提供する「セント・ギガ」というチャンネルへの出資目的だった。
「セント・ギガ」は許認可権限を持つ郵政省が発案し、新井の友人の音楽プロデューサーも参加していた。同社は公的援助を受けるなど、郵政省が事業を支えていたのだ。
「新井さんは郵政省がもっている財政投融資資金に注目し、新たな利権とみて関わりたいと思っていたのではないか」(当時の自民党関係者)
