「ブツ読み」違和感からつながった「物的証拠」
「ブツ読み」とは大量に押収した証拠物を、複数の検事、副検事らで手分けをしながら、読み込んで精査していく作業である。
粂原は副検事が丹念に「ブツ読み」をしていたことに、心の中で感謝した。
「副検事は数か月前のブツ読みのときに見たレシートが、頭のどこかに引っかかっていて、改めて確認してくれたのだと思うが、一枚の印鑑代のレシートのことを思い出すのはなかなかできないことだと思った」
「出発点から、ずっと偶然の積み重ねのような捜査だったが、うまくいく捜査というのはそういうものだと思う」(粂原)
副検事が「ヴォーロ」の帳簿に目を通していた頃は、まだ西田名義を使った「借名口座」の存在は明らかになっていなかった。新井の周辺を探る中で、9月に入って「西田口座」が焦点となった矢先、副検事は数か月前に見た「印鑑購入のレシート」の記憶を呼び起こした。
副検事の記憶によって引き出されたその紙切れは、「西田口座」が新井の借名口座であることを裏付ける強力な「物的証拠」へと姿を変えたのだ。
粂原は「ブツ読み」の重要性について、次のように語る。
「わたしは帳簿や手帳類のブツ読みをすることが大好きで、これを苦痛だと思ったことは一度もなかった。捜索差し押さえや任意提出を受けて入手した帳簿や手帳などを丹念に分析し、 我々の知らない隠された 犯罪事実を見つけ出すことがとても好きだった」
「帳簿をボーっと眺めていても、発見するできるはずがなく、やはり経験や捜査官としての勘のようなものが必要だとは思うが、長年犯罪を探す目と、意識を持って帳簿等を見ていると、そういった 力も身についてくる。まずは 帳簿や手帳の記載に『違和感』を感じ取ることが大切だと思う」
一方で見極めも必要だという。
「どんどん積極証拠が集まってくる事件がある一方で、逆に読み筋から遠ざかっていく事件もある。その場合は未練を残さず、早めに見切りを付けて終結した方がいい。それにこだわっていると捜査経済上の大損失を出したり、無理に起訴しても後々無罪になったりして、関係者に多大な迷惑や実害を被らせることになる」
