新井議員に託された「1億円」
東京地検特捜部の事件捜査では、一つ一つの取引の金額が巨額に上ることもあり、その背後には、必ず人間関係や思惑が交錯したストーリーが潜んでいる。「日興証券新橋支店」の「西田名義」の口座に入金された「1億円」も、まさにその一例だった。
関係者によると1990年頃、熱海で高級旅館を経営するHオーナーは新井から、次のような誘いを受けたという。
「衛星デジタル放送の音楽番組を提供するビジネスがあるので、投資しませんか」
Hオーナーは、企業経営者の子弟向け「自己啓発セミナー」で、講師を務めていた新井と知り合ったという。高級旅館だけでなく、不動産やゴルフ場開発などを手掛けるレジャー開発会社の代表でもあったHオーナーは、「衛星放送はよく知らない」分野だったが、音楽プロダクションも経営していたことから関心を抱き、新井の誘いに乗って「1億円」出資することを決めた。
このビジネスは郵政省(現・総務省)の肝いりで設立され、新井は「衛星デジタル事業」が新たな利権になると期待して、設立準備に尽力していたとされる。
ところが、この「1億円」は「衛星デジタル事業」に投じられることはなく、その後5年間にわたって新井によって運用されていたという。
そして1995年10月、複数の証券口座や銀行口座を経由した末に、「6,000万円」と「4,000万円」に分けられて「日興証券新橋支店」の「西田名義」の口座に入金されていたのである。
本来はHオーナーから託された「出資金」であったにもかかわらず、新井はHオーナーに無断で株取引などに流用していた。しかも「西田名義」の口座は1995年、新井が「日興証券」の役員に頼んで開設させていたもので、もちろん西田には何の相談もなかった。
新井は、取引を全て証券会社に任せる「一任勘定取引」を要求し、わずか1年半の間に、約4,000万円の利益提供を受けていたことも明らかになった。
つまり、「1億円」は不正な株取引の原資として使われていたのである。
なぜ、わずか1年半という短期間に約4,000万円の利益を得ることができたのかーー
「日興証券」が新井に利益を供与する方法は、「自己売買で儲けた利益の付け替え」に加え、「新株引受権付社債(ワラント)」の翌日売買などが用いられていたからだ。これは顧客に「ワラント」を販売した翌日に、それより高値で買い戻す方法で、新井側に利益が出るのは当然の取引だった。
バブル崩壊で株価が低迷している中、「日興証券」も新井側に「なんとか利益を提供しよう」と苦労し、さまざまな工夫を強いられていたのだ。
しかし、新井は1998年1月30日の衆院予算委員会の参考人招致を受けた際、「1億円については、無担保で借り入れて、すでに返済した」と答弁した。出資者であるHオーナーの名前は明らかにしなかった。
粂原ら東京地検特捜部政界ルート「特命班」はこうした一つ一つの資金の流れを丹念に洗い出し、関係者の取り調べを進めていった。
その結果、新井が「1億円」の流用を覆い隠すために、複雑な工作を試みていた形跡が浮かび上がってきたのである。
(つづく)
TBSテレビ情報制作局兼報道局
ゼネラルプロデューサー
岩花 光
《参考文献》
村山 治「安倍・菅政権vs検察庁」文藝春秋
猪狩俊郎「激突」光文社
読売新聞社会部「会長はなぜ自殺したか」 新潮社
村山 治「市場検察」 文藝春秋
村串栄一「検察秘録」光文社
産経新聞金融犯罪取材班 「呪縛は解かれたか」角川書店
伊藤 博敏「黒幕」裏社会の案内人 小学館