「雪室」で保存することで付加価値が生まれる

八海酒造が雪室を作ったのは2013年だった。清酒や麹などの卸部門を担当する株式会社八海山の上村朋美コーポレートコミュニケーション課課長は、雪室を作った思いを次のように説明する。

「雪室を作るきっかけになったのは、2011年の東日本大震災です。電気の代わりに自然エネルギーを活用できないかと考えて、雪国だからこそ、雪を工夫した施設を構想しました。冬の間に2メートルから3メートルも積もる雪は、厄介ではあります。でも、雪がなければ雪解け水も生まれず、日本酒『八海山』の淡麗な味わいも実現できなかったでしょう。米などの美味しい農作物ができるのも、保存食が発達したのも全部雪の恩恵です。そのような雪の暮らしも紹介したいと考えて施設を作りました」

雪室で貯蔵できる日本酒の量は2000石、約36万リットルで、日本酒用の雪室としては国内最大級だ。通常、日本酒は原酒を3か月から半年ほど貯蔵してから出荷する。鮮度を保つために、長期貯蔵はあまり良くないと一般的には考えられていた。

ところが、雪室は温度が一年を通して一定で、湿度が高く、電気などを使わないので振動もない。日本酒にとって全くストレスのない環境であることから、長期貯蔵によって味がまろやかになることがわかった。毎年味を見ながら3年間熟成して発売を始めたのが、「純米大吟醸 八海山雪室貯蔵三年」。白いボトルが、雪という自然の力を利用してできた酒であることを物語っている。

この「雪室貯蔵三年」は、男子ゴルフ4大メジャー大会の一つであるマスターズで2021年に優勝した松山英樹選手が、翌年の大会開催前に歴代の優勝者にディナーを振る舞う「チャンピオンズディナー」で提供したことで世界に知られた。雪室では8年貯蔵の日本酒も販売していたが、製造が追いつかず品薄状態となり、現在は「雪室貯蔵三年」の販売に絞っている。

雪室では日本酒以外にも、ジャガイモなどの根菜類やコーヒー豆などを貯蔵。雪の冷気は「魚沼の里」にある、ショップの商品を冷蔵するための部屋の冷房にも活用している。雪の自然エネルギーの活用は、地場産業の商品の高付加価値化を実現している。

南魚沼市内では現在、雪室による倉庫を持つ企業が10数社に及ぶなど、産業での活用が進みつつある。雪室で効率的に雪のエネルギーを活用するための技術も確立されているという。

南魚沼市では、市役所の敷地内にためた冷房用の450トンの雪について、二酸化炭素排出量や電気代がどれだけ削減できたのかを算出して検証することにしている。同時に進めているのが、より簡単に、より安く、誰でも雪のエネルギーを使えるようにすること。今後一般家庭に雪をデリバリーして、より簡単に冷気を活用する方法なども模索している。

冬の間に降り積もった雪をエネルギー資源に変える「雪国」の挑戦は、これからも続いていく。

(「調査情報デジタル」編集部)

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