戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。太平洋戦争の口火を切った真珠湾攻撃で戦死し、「軍神」と称えられた若者たちがいました。しかし、戦後は「戦争犯罪人」のように非難されるなど、時代に翻弄されたこともありました。
1941年のハワイ・真珠湾攻撃。出撃した軍人の1人で、22歳で戦死した鹿児島出身の横山正治少佐です。
当時、中尉だった横山少佐らは、仲間10人で「特殊潜航艇」と呼ばれる魚雷を積んだ潜水艇に乗り、真珠湾へ侵入。敵艦を攻撃しましたが、1隻も帰還できませんでした。
大本営は、10人のうち、横山少佐を含む戦死した9人を二階級特進させ、戦意高揚のため「九軍神」と称えました。その一方で、1人が捕虜になった事実は隠しました。
おいの正照さん(81)です。幼いころ、横山少佐はまるで「神」のように称えられていたといいます。
横山少佐のおい 横山正照さん
「家の前を通る人たちは表札に最敬礼をしていたそうだ。私自身も尊敬している」
しかし、正照さんの父で横山少佐の兄・正利さんは戦後、弟の話を一切しませんでした。開戦時は「九軍神」と称えられたはずが、戦争に負けると一転、非難されることもあったからです。
横山少佐のおい 横山正照さん
「敗戦後は罪を犯した犯罪人のように(文献などで)非難されていたのが私としては心残りがする。世の中が(軍神に)批判的な部分がなきにしもあらずだったので父は他言しなかったのではないか。戦争によるヒーローは不要」
横山少佐の母校です。ここから海軍兵学校へと進みました。この日、地元の学芸員・坂口洋幸さんが「称賛ののちに非難にさらされた若者たちのことを、きちんと後世に伝えたい」と、当時の史料をもとに講演しました。
学芸員 坂口洋幸さん
「(九軍神の出来事は)平和の大切さについて、今を生きる自分たちに問いかけてくれる。平和を維持していくためにどういうことが必要か、考えるきっかけに」
高校3年生
「昔は軍神とすごくあがめられていたが、思えば普通に学校に通っていた学生だったんだ」
「神」という言葉で称えられ、時代に翻弄された若者たち。戦争のむごさを伝える史実として、次の時代に語り継がれていきます。
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