和解と平和を願っていた冬至堅太郎さん

冬至堅太郎さんは42年前、68歳で生涯を閉じた。
克也さんは、父が言っていたことを思い出す。

冬至克也さん
「生前ですね、口にしていたのは、自分が私憤をもって処刑を志願したということは自分の恥じ入るところである、というようなことは言っていました」

80年前の戦争には、勝った国にも負けた国にも加害と被害があった。
加害の責任を戦犯として問われた堅太郎さんは、それを乗り越えた和解と平和を願っていた。

冬至克也さん
「戦争が終わって平和にはなったけれども、まだ自分たち、戦犯は、その戦争の名残が存在していた。それがやがては全部なくなって本当に平和になる日がくるんじゃないか、あるいは平和になってほしいと、そういう、予測なり希望なり、そういうものがあったんだと思いますね」